「第6章 期待してるから」(3-1)

(3-1)

 目的地の駅に着くなり、澄人はすぐに前野に電話をかけた。コール音が数回鳴って彼が電話に出る。


「澄人、駅に着いたか」


「ああ。そっちは?」


 まだ連絡が来ていない時点で彩乃は見つかっていない。それは分かっているが聞かずにはいられなかった。


「すまん。和倉さんはまだ見つけていない。澄人からのメールに書かれた場所を佐川と手分けして探している」


「一度、駅前まで来てもらってもいいか? それぞれが行った場所を纏めておきたい。別の街にも行く可能性もあるから」


「分かった。佐川には俺から声をかけておく」


「了解」


 前野と電話を切ってから数分、改札前で待っていると、人混みから前野と佐川の姿が見えた。二人とも来ているダッフルコートの前を開けている。それだけ必死になって探してくれていたのだ。


 二人の姿が見えた途端、澄人は駆け寄った。


「ごめん、ありがとう」


「気にするな、澄人。前野に聞いたけど、和倉さんがピンチなんだろ? この間の事もあるし、手伝わせてくれ」


「佐川の言う通りだ。人手は多い方がいい。こういう時は頼ってくれ」


 普段は教室でくだらない話しかしてないし、最近は彩乃の事ばかりで、休日に遊んだりもしてなかった。それなのに冬の放課後で汗をかく程、頑張ってくれている。

 

 彩乃を見つけたら、二人が手伝ってくれた事を必ず言おう。

 

 澄人はそう決意した。


「それで? さっき前野から聞いたけど、一旦皆で候補地を整理するんだろ?」


「ああ。三人になった事だし計画的に進めたい」


 三人は携帯電話を取り出して、澄人が送ったメールを開く。そこから既に二人が行った数件を潰して残りを分担する。


 一人、三件から四件程の持ち分となった。


 担当を分けていざ、行動を開始しようとした時、「なぁ」と前野が口を開く。


「一応、聞くけど和倉さんが移動し続けている可能性は?」


「それは……」


 彩乃が現在地を刻々と移動している場合、見つけるのは不可能に近い。前野に言われるまでその可能性は頭から綺麗に抜けていた。それは彼女を信頼しているからだ。


 その信頼を二人にどう説明したらいい? 


 そう考えて、澄人の口がまだ上手く動かないでいると、「まっ、」と佐川が横から入った。


「和倉さんがそんなズルい事をするとは思えないな。じゃあ何で今、隠れてるんだよって話になるんだけどさ。とにかく一度、澄人と電話をして自分を見つけてほしいと言った以上、そこはフェアにやるんじゃない?」


「そうだな。佐川の言う通りだ。すまない、余計な事を言った」


 佐川に指摘された前野が頭を下げる。


「大丈夫。気にしてない、それよりも彩乃を探そう」


「ああ」


「りょーかい」


 その時、澄人の携帯電話が鳴った。

 必然的に二人の顔に希望が浮かぶが、澄人が首を振って否定する。ディスプレイに表示されていた名前は、瀬川だった。


「もしもし」


「どう? そっちは?」


「いや、まだ見つかってない。瀬川は?」


「ダメ。もう駅前は探し尽くしたから、私も電車でそっちに向かう。

今、ホームで電車待ってるから、着いたらまた電話する」


「分かった」


 そう言って、電話を切る。


「瀬川さん、何だって?」


「最寄り駅前では見つからなかったみたい。今からこっちに来るって」


「そうか。見つからなかったのは残念だが、人手が増えて良しとするか」


「にしても瀬川さんと繋がりがあるとは知らなかった。あの人、和倉さんと仲良かったんだな」


 佐川がそう言うのも無理はない。そもそもクラスは違うし。廊下や昇降口でも二人が話しているのを見た事がない。もっとも二人は、意図的にその状況を作っていたみたいなので、分からなくても無理はない。


「彩乃ってああ見えて、友達多いんだよ。さっ、再開しよう」


 澄人はそう言って、二人と別れて彩乃探しを再開する。


 普段は気にならない赤信号待ちも横断歩道いっぱいに広がって歩く人々もまるで、全てが自分を邪魔する為に意図的に行っているのではないか? 


 そんな事まで澄人は考えてしまう。


 人々の間を走り抜けて、彩乃と行った場所を巡る。


 その中の一つ、度々訪れているグリーンドアに入った。勢い良く入ったので、カウベルの音がいつもより大きい。


「澄人くん? いらっしゃ――」


「……っ! 彩乃、来てないっ⁉︎」


「彩乃ちゃん? 来てないよ?」


 驚きつつも首を横に振る香夏子。事情を説明したいが時間がない。入口から店内を見て彩乃がいないのを確認すると、すぐにドアを開けて立ち去ろうとする。急がないと。


 カランコロンッ。


 乱暴に開けたドアは、今の澄人の心境を見事に現していた。それはもう、自分でも分かるくらいに。


 香夏子に酷い事をしている。その自覚がある。澄人は強く目を瞑ってから、口を大きく開けて深呼吸。冬の寒風を存分に肺に入れて、頭と体を冷やすと、ゆっくりとドアを閉めた。

 カランコロン。

 頭上ではいつものカウベルの音がした。


「香夏子さん、ごめん……」


「ううん。大丈夫?」


 心配そうにこちらに歩み寄ってくる香夏子。事情を話せば、話してしまえば、必ず彼女は助けてくれる。きっと澄人では思い付かない手段で、簡単に見つけてしまうかも知れない。そう、考えようによってはそれでも良いのかも知れない。


 瀬川は止めてと言ったけど、彩乃の命には変えられないじゃないか。見つかった後で存分に怒られればいい。


どんどん肯定する材料が頭の奥から溢れてくる。あとは、頼むだけ。


「香夏子さん」


「ん?」


「あっ……、いや」


 話すだけなのに、いざ話そうとすると声が出ない。体の殆どは了解してるのに一部分だけが、拒否している。


 澄人が急に黙ってしまったので、香夏子がますます心配そうな顔を見せる。


「どうしたの? 彩乃ちゃんに何かあったの?」


「……っ」

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