「第5章 未練作りの一環として」(5-2)

(5-2)


 必要な物を全て揃えた二人は、アーケードにあるマクドナルドに入る。数分歩けば、グリーンドアがあるが今日は流石に行く気にはならなかった。佐川や前野と来るのと同じ感覚でマクドナルドに行き、ハンバーガーセットを注文する。


「私、マクドナルドに来たのって久しぶり」


 ポテトにケチャップを付けた彩乃がしみじみと話す。


「そうなんだ。やっぱりグリーンドアがあるから?」


「それもあるけど。そもそもあまり、入る気になれなかった」


「ファーストフードとか嫌いだった?」


 澄人が尋ねると、彩乃は首を左右に振った。そして近くの女子高生の集団に視線を向ける。


「あれが原因。自意識過剰なのは分かってるけど、同年代の子達を見て色々考えちゃいそうだから。最後に行ったのはまだ、私の家族がちゃんとあった頃」


「例えば何を考えちゃうの?」


「んー。例えば、お父さんとお母さんが死んでなければ、私も放課後に友達とマクドナルドとか行ってたのかなって」


 どこか他人事のように小さな声でそう呟く彩乃。決して来ない未来図。本当は口にしたくなかっただろうについ、軽い気持ちで聞いてしまった澄人は、罪悪感が頭の裏側からワッと湧いてきた。


「……ごめん」


「謝らなくていいって。それにマクドナルドだと騒がしいから本を読むのには向いてない。そういう意味でもグリーンドアの方が落ち着く」


「ありがとう。もし来たくなったらいつでも誘って」


 果たしてそんな日が訪れるのかは自分でも疑問だが、澄人は彩乃に提案する。彼女は小さく笑った。


「あははっ。うん、分かった。来たくなったら、三嶋君に頼む事にする」


「ああ。いつでも呼んで」


 それから二人は他愛のない話をした。マクドナルドのBGMにも負ける、他愛のない話だったが、今日一日で、一番彼女との自然体の会話だった。佐川や前野と同じ友人として接していた。


 トレイの上に食べ終えた包装紙や残ったケチャップが乗り、溶けた氷でジンジャエールがいい加減薄くなってきた頃、彩乃は「さて、」とそれまでの話を打ち切った。それに含まれている意味を澄人は正確に把握している。


「そろそろ送る?」


「うん。家からだときっと送れない」


 彩乃は頷いて、ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。送信ボックスから予め作っておいたメール(昨日、グリーンドアで考えたメール)を表示して携帯電話ごと机に置く。


『正弘さん、突然メールしてごめんなさい。

 融資の件、お受けしようと思います。受け渡しについて詳しい事を相談したいです。明日の午後一時に公園でお話する事は出来ますか?』


 相手の欲しい情報が最低限の文量で書かれたメール。


 何度も添削して生まれたメール。


 大丈夫、相手は必ず乗ってくる。強い自信を持ち文面を見返す。二人して文面を読んだ後、彩乃が送信ボタンに手を乗せた。


「送るね?」


 彩乃の問いに澄人は頷く。彼女は送信ボタンを親指で強く押した。画面が送信中に切り替わり、紙飛行機が飛んでいる。やがて、送信完了と大きく表示された。


「ああああ〜、送ったぁ〜」


 大きな仕事を終えた彩乃は携帯電話をから手を離す。送信ボタンを押していた力から解放されて、テーブルに置かれる携帯電話。画面には今も送信完了の文字が表示されている。


「返事くると思う?」


「くる。今まで私が頑なに嫌がってたのを送ってるんだもん。しかも日曜日の夕方。向こうは絶対に私が土日で考えて、結論を出したって思ってる」


 澄人は携帯電話へ視線を落とす。今頃、メールを見て正弘は何を考えているのだろうか。急に手の平を返してきた彩乃に僅かでも不審感を抱いているだろうか。そこまで彼は彼女の事を考えているのだろうか。


 様々な考えが頭を巡る。考えれば考えるだけ、気持ちが落ちていきそうになる。その時、彩乃の携帯電話が振動した。


 開いたままの携帯電話が音を立てて、テーブルをゴトゴトと鳴らす。画面に表示されている名前は、山賀正弘と書かれている。


「きた……」


 彩乃が表示された名前にポツリと零す。そして、携帯電話を手に取った。画面を見る彼女の表情は複雑で、食べたくない物を生きる為に無理して食べているようだった。


 彩乃は無言で携帯電話をこちらに手渡す。


『彩乃ちゃん。ようやく決心してくれたんだね。ありがとう。

きっと天国のご両親も喜んでくれてるよ。それと、昭彦さんには内緒にしてほしい。あの人はこちらの事まで理解出来ないから。では明日、楽しみにしてる』


 極めて自己中心的で独善的な返信。思わず吐き気を催し、食べたポテトの匂いが胃の底からむせ返る。澄人は先程の彩乃と同じ表情で、彼女の携帯電話を返す。


「相当、気持ち悪い文面だけど、取り敢えず釣れた訳だ」


「うん。正弘さんが来る事で今日の準備は無駄にならなかった。万が一、警戒されたらココで作戦は終わり。せっかく三嶋君に手伝ってもらったのに、全部無駄になるところだった」


 澄人はたとえ今日が全部無駄になったとしても彩乃を責めたりしない。そう言いたかったが、それを言って彼女を安心させるのは、どこか違う気がして寸前で止まる。


 今出来る事は、正弘を退治する事。それ以外を考える必要はない。


「明日、正弘さんを退治したらグリーンドアで祝賀会をしよう」

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