「第4章 何気なくを人工的にやる人」(4-1)
(4-1)
とある平日の放課後。
澄人はまだ、今週の未練作りが決められないでいた。予算の制限はないとは言っても毎週やっていれば、次第にネタは切れてくる。いや正確に言うと、スケールを大きくすれば可能なのだ。だが、突然スケールを大きくしたら、何も思い浮かばなかったからだと彩乃にすぐに気付かれてしまう。
澄人だって消去法で彩乃の未練作りはやりたくない。本当に彼女が興味を持ちそうな事だけを考えていた。
学校からの帰り道。澄人は佐川と前野と一緒にホームで地下鉄を待っていた。前に二人が並んで、澄人は一人後ろにいる。少しの時間でも利用しようと、携帯電話で未練作りのきっかけとなる場所を探していた。
「————やっぱり、澄人もそう思うだろう?」
「え……、ああ」
佐川が振り返り同意を求められて、よく分からないまま同意する。
「よし。じゃあこの後はラーメンに決定」
「ったく、次は蕎麦にしろよ」
喜ぶ佐川とため息を吐く前野。いつの間にかこの後、夕食を食べることになっていたらしい。そんな事になっていたとは知らなかった澄人は、慌てて声を上げる。
「いやっ! 俺、今日はちょっと……」
「知りませーん。携帯ばっかり弄って俺達の話を聞かなかった澄人が悪い」
「うっ……」
彼らの話を聞いていなかった事を強く言われて、澄人はぐうの音も出ない。思わず前野に視線を向けて助けを求める。
すると前野はこちらを一瞥して。
「まぁ、佐川の言う通りだな。最初に行けるか聞いたけど、携帯弄りながら、頷く事しかしなかったんだから」
そう言って佐川に同意し、澄人を助けようとしなかった。
すぐに家に帰ってパソコンで調べたい。そう思っている澄人に佐川が「まぁ……」と言葉を続けた。
「本当の本当に困ってるなら、無理にとは言わないけどさ」
そんな言い方をされると、澄人は断れない。
「分かったよ」
澄人は渋々了承する。
「よし、勝った」
「おい」
澄人が了承した途端、握り拳を作り勝利宣言をする佐川。そんな彼に呆れつつも二人と一緒にラーメンを食べに行く事となった。
駅に停まる僅かな時間しかインターネットは通じない。それでも駅に着く度に澄人は携帯電話を開いて、操作する。それまでの間、どれだけ二人と盛り上がったとしても駅に着くと、まるで別人のように携帯電話を開いて操作に集中する。その間、二人から何を聞かれても生返事しか返さない。
まるで二人の会話が暇つぶしであり、停車中の僅かな時間こそ主役であるような感覚を澄人は、心のどこかで思っていた。いつもならそんな態度は取らない。
そのせいか、二人から澄人に話しかける回数は徐々に減り、目的の駅に停車する頃には、二人に付いていくだけの存在となった。
地上に出て、電波の自由を得ても相変わらず澄人は苦戦している。これだと言えるようなプランが出てこない。最初に用意していたストックも使い果たしてしまっている。今は、ほぼ二人の足元だけを見て歩いていた。どこのラーメン屋に行くかは聞きそびれてしまったが、澄人にとっては些細な問題だった。
二人の足が止まる。それに気づいて澄人が顔を上げると、前方の交差点が赤信号だった。見回せば大勢の人がいる。その事に今更になって気付く。
二人はこちらを見ずに話に夢中だ。
今なら、この雑踏に紛れて逃げられるかもしれない。
邪な考えが澄人の頭の裏側で生まれた。
一歩、後ずさる。それは簡単に出来た。あと二歩、三歩と続けばいい。それだけで家に帰る事が出来る。そしたら、携帯なんかじゃなくパソコンで調べる事が出来る。二人には帰ってから、何なら明日の学校でもいいから謝ればいい。
多少の小言は言われるだろうが、誠心誠意謝ればきっと許してくれる。
未練作りのプランは一切出ないのに余計な言い訳だけは、どんどん出てくる。
足は二歩目、三歩目と簡単に動いた。あと、もう一歩……。そう思った時、周囲の人々の足が一斉に動く。信号が青になったのだ。
まるで遥か頭上にいる誰かにどうしようも出来ない力で止められたような、そんな強制力を感じた。澄人は口から短い息を漏らして、数歩分早く歩いて前を歩く二人と歩幅を合わせる。
「よし、入ろ入ろ。あ〜腹減った」
「ああ、そうだな。確かに腹が減った」
前を歩く佐川と前野が開いた自動ドアに入って行く。澄人も彼らに続いた。
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