神様、俺の煩悩を返して

もずーん

第1話 日常から非日常へ

「よっしゃぁぁ!レア度SSの水着ミリアンヌちゃん、ゲットだぜ!」


 どこにでもあるようなアパート。

 その一室で興奮した声をあげたのは、どこにでもいるような平均的な顔、平均的な身長体重、職業も平凡なサラリーマンの男だった。


 本日の天気は快晴。そんなお出掛け日和の休日に家に篭もり、ひたすら課金ガチャを回し続けていた、未だ興奮冷めやらぬ男の名前は田中実だ。


 今が平日の夜ならば、両隣や二階の部屋から、全くもってときめかない方の壁ドン床ドンを頂く訳だが、幸いにも住民たちは出掛けているらしい。

 それをいいことに一人騒いでいる田中実には友人がいない。本人は完全に開き直っているが、彼は致命的に間が悪い人間だからだ。

 前世の因縁か、はたまた呪いなのか…。善意か悪意かに関わらず、何かしようとすると100%空回る。落ち込んだ人を慰めようとすれば何故そんな事を言うんだと怒られ、落し物を届けようとすれば盗人と間違えられ…。

 結論として、いい結果にならない事が分かっているため、最低限の人付き合いをしつつ、浮いた交際費で好きなゲームの課金ガチャを回しているのだ。


「あー、もう一生分の運を使っちゃったかもしれないな…。だがしかし後悔はない!なんたって念願のレアなミリアンヌちゃんだから!」


「まぁ!良いことがあったのですね?」


「そうそう!交際費どころか食費も切り詰めたかいがあったよ!って…………………ん?」



 実しかいないはずの部屋で、何故会話が成立したのか。慌てて部屋を見回しているが、人の気配はない。人恋しさによる妄想でもないはずだ。



「幻聴…かな?」


「いいえ、幻聴ではありません。田中実さん、あなたにお話があります。さぁ…私の声に意識を集中してください…」


 つい言われるがまま、女性の美しい声に集中すると…。


(あれ…だんだん眠たく…)





 気が付けば、実は見渡す限りの青空の下、どこまでも広がる草原のど真ん中に立っていた。


「こっ…これは、異世界転移!?まさかの俺TUEEEE!?」


「いいえ、厳密に言うなら、その一歩手前でしょうか」


 突如聞こえてきた声に振り向いた実の目の前には、長く伸びる絹のような髪に、黄金比を思わせる顔のパーツと配置、艶のある布を巻き付けた様なマーメイドラインのドレスに包まれた体は素晴らしいとしか言いようのない、世界の美しさの全てを凝縮したような女性が佇んでいる。


「ファっ…!?めっめっ…女神様!?」


「はい、その通りです。田中実さん、急に呼び出してしまって申し訳ありません」


「いえっ、め…滅相もないです…!」


 絶世の美女に話しかけられた経験など、実にあるはずもなく見事に狼狽えているが、そんな彼を笑うでもなく女神は優しく微笑みながら話を続ける。


「今回こちらにお呼びしたのは、実さんも先程仰っていた通り、地球とは異なる世界へ転移していただきたいのです」


「えぇ…それは本当に俺ですか?」


「はい」


「…同姓同名の別の『田中実』さんと間違えてないですか?」


「私の目の前の田中実さんで間違いありません」


「えっと…あの…そもそも何で俺なんですか?さっきは確かにテンション上がっちゃってましたけど…よくよく考えてみれば、俺には無理かなぁ〜って…」


 テンションの高い独り言を聞かれていた事に羞恥を覚えつつ、彼は自分の間の悪さを思い出していた。


「俺って生まれつき間が悪くて、会話に混ざろうとしたらトンチンカンなこと言っちゃったり、良かれと思ってやった事も全部裏目に出るんです。だから…」


「ごめんなさい…」


 突然の謝罪に驚き実が顔を上げると、女神は悲しそうに目を伏せている。


「何で女神様が謝るんですか…!?」


 そう言ったところで、女神との会話が比較的スムーズに行われていることに思い至った。普段なら、もっとグダグダになっていてもいいはずだ。だからこそ、基本PCに張り付いていられるような仕事を選び、人との接触を最小限に抑えていたのだから。花の?独身貴族から、慎ましやかな悠々自適の年金ライフが夢だった。


(えっ?何で?女神様補正でもかかってるのかな?)


「…私は【フォーグガード】という世界の神なのですが、そちらは魔法が著しく発展した世界です。実さんの魂は【フォーグガード】で生まれたものなのです」


「えええっ!何ですかその突然のカミングアウト!でもそれに何の関係があるんですか?」


 魔法が使えたわけでも特殊能力を持っていたわけでもない実は、魂が異世界出身だと言っても今ひとつ実感がわかないし、異世界と地球の魂の違いなど分かりもしない。出来ることといえば、ただ驚くだけだ。


「関係と言いますか…本当にこちらの都合ばかりで申し訳ないのですが、実さんの魂は【フォーグガード】の魂保護の一環で試験的に地球に移されました。なので、地球の魂とは少し…この場合は…形と言うべきでしょうか。それが異なるのですよ」


「…じゃあ、俺の致命的な間の悪さや空回りはそれが原因で?」


「はい…。何度か輪廻転生を繰返して地球の魂の波動に馴染んでいけば解消されるはずですが、何分初めての試みでしたから…実さんにはご迷惑をおかけしました…」


 女神に再度頭を下げられ、恐縮してしまった実は「いえいえ」やら「そんなそんな」などと一緒になってペコペコと頭を下げている。

 頭を動かしたことによって血流が頭に回り、思考が活性化されたのか(精神世界にいるので実際には錯覚なわけだが)彼の頭に疑問が過ぎった。


(魂の保護が必要な世界ってなんだ?危ないんじゃないのか?そもそも水着ミリアンヌちゃんを手に入れたばっかりだし、あと最低一か月は鑑賞したいし…一か月も経ったら新しいガチャも出るだろうし…何か女神様は腰が低いから、ここは断ることもできそうな気がするぞ)


「あの…」


 実が口を開いたと同時に、女神が顔を上げ胸の前で手を合わせ、思い出したように話を再開し始めた。その美しさと可愛さが同居した所作に見蕩れてしまい話を切り出し損ねてしまった。


「そうでした!魂の帰る場所というのは全ての世界が交わる場所なのです」


「え?あの、何の話ですか?」


「つまり、実さんのような例外を除いて、魂自体は世界を越えられませんが、個の魂が見てきた世界がアカシックレコードを通じて、また別の世界の魂にシェアされることが稀にあります」


 意味を理解できず、首を傾げながら「…具体的にはどういうことでしょうか?」と、実は素直に聞くことにした。


「はい。具体的には、私が管理する【フォーグガード】を例にしますと、【フォーグガード】を舞台にしたお話が地球の誰かによって作られるということです。完全に同じとはいかないですけれどね」


「はぁ〜…そんなことがあるんですね」


 女神様は美しく、いつまでも見ていたいと思うが、そろそろ話がよく分からなくなってきたので再度断ろうと思った瞬間…


「確か、ゲームになっていましたよ。タイトルは『White Fortress Wizard』でした。地球の神様が教えてくれました」


「え…」


 再び実の思考が加速する。


(『White Fortress Wizard』?俺がやってるミリアンヌちゃんのいるゲームで間違いないよな?同名のタイトルなんか他にはなかったよな…!?いやいや、落ち着け俺。完全に同じじゃないって、さっき聞いただろ!登場人物が同じとは限らない…!ミリアンヌちゃんがいるとは限らないんだ!)


 己を落ち着かせようとしているところに、女神は更に続ける。


「そのゲームの凄いところは世界観だけでなく登場人物も一人だけ一致していたのですよ。これはかなり稀有なことです」


 聞いてはいけない。聞いては後戻り出来なくなる。そんな予感を感じながらも、聞かずにはいられない。


「その…その人物って…誰ですか…?」


 興味を持ってもらえたのが嬉しいのか、女神は笑みを深め、もったいぶって「知りたいですか?」と言った。


(そりゃ知りたいに決まってる!だけど何か思考誘導されてる気がして仕方ないんだけど!?もしかして端から選択肢ない感じ…!?けどこの好奇心を止められない!)


「はい!」


「それは…」


「それは?」

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