第21話 私の原動力
ルイーナは貴族令嬢にしては珍しく、恋愛結婚を諦めていない。
殿下との婚約も、ルイーナしか子宝に恵まれなかった彼女の両親に勧められたからだ。
自分たちの死後、ルイーナが独りになってしまうのを案じて殿下と婚約させた。
それでルイーナの生活が安定するのならと、強く婚約話を進めたそうだ。
本人も両親の思いを無駄にしたくなかった、この国の貴族として産まれたからには、王子との婚姻はたとえ別の夫を迎え入れなければならなくとも、無駄ではないだろうと。
「ルイーナはどなたか気になる方はいるの?」
「今はまだ。でも、これからばんばんお茶会や夜会に顔を出して、社交界シーズン中に良縁を得たいと思いますわ!」
「頑張ってくださいませね! 応援していますわ!」
「ええ、見ていてくださいませ!」
たくましい。
「レイシェアラ様も、ご結婚を諦めたわけではないのでしょう? 聖女様も結婚して子どもを産み育てた方がいると聞きます」
「ええ、『竜の刻印の聖女』も結婚、出産は法的にも認められていますね。でも、しばらくは無理です。まだまだ国内は不安定ですから」
「……そう、ですね」
たとえば竜巻の多発。
強くなってしまった魔物に加えて、国内魔力が安定してくれば新たな魔力の吹き溜まりから、新たな魔物が生まれてくるだろう。
魔物が増えれば強くなっている魔物で手一杯の冒険者は、ますますジリ貧になる。
騎士団の派遣も増えるでしょうし、今後は『聖女』も討伐などにも協力するべきだろう。
「その件だが、近いうち王家から王都の結界の補強を依頼されるだろう」
「! 王都の結界にもなにか影響があったのですか?」
「いや……お前はニコラス殿下にかかりきりだったから、あまり負担を増やしたくないと黙っていたのだが——王都の結界はかなり弱体化していたのだ。東西南北の主要都市や港町の結界は、消滅したところもある。それらの結界の貼り直しなども、依頼には入ることになるだろう」
「ま、まあ……!」
それは知らなかった!
結界は魔物の侵入を防ぐ大切なもの。
主要都市や港町は重要な物流の拠点。
そこに結界がなくなっているということは、安全性が著しく低下しているということ。
人々の生活に負担が増えることになる。
魔力が満ちて魔物が増加する前に、一刻も早く補強、張り直しの必要があるではない!
「ヴォルティス様に結界の張り方を教わって、明日から各地を回りますわ」
「すまない……結局お前にばかり負担をかけてしまう……」
「いいのです。気にしないでくださいませ、お父様。私、今とても充実していますもの。ほら、あの方の相手をするより遥かにやりがいがあると申しましょうか」
「……それは、とても気持ちがわかりますが、それでもレイシェアラ様、ちゃんと休んでくださいませね?」
「そうだぞ。お前が倒れたらこの国はそれこそ……」
「わ、わかっておりますわ!」
ぐぐぐ、とテーブル越しに顔を近づけてくるお父様とルイーナ。
近い近い近い。
「顔色があまりよくないように見えますもの。依頼が正式に来るまでお休みになられた方がいいのでは?」
「うむ、そうしなさい。我々ももう帰るから」
「え、あ……」
せっかく来てくださったのに、と引き留めようとする。
でも……二人もきっと忙しい中、時間を割いてきてくれているはず。
お父様も婚約解消の話をしなければならなかったからだろうし、ルイーナも他の婚約者たちのことを教えてくれるために来たのだろう。
胸に手を当てて、握りしめる。
「では、次にいらっしゃるときは夕飯をご一緒しましょう」
「ああ、いいね」
「早く国内が落ち着いて、レイシェアラ様が一時帰宅できるよう、レイシェアラ様の憂いを取り除けるようお支えします。主にあのやんごとないアホがしでかさないように見張りますね」
「え、あ、ル、ルイーナもその呼び方、ご存じだったのね……?」
「ええ、この上なく適切な呼称ですわよね」
地味に浸透しているのねぇ……。
でも、あのアホに今後煩わされなくて済むのは本当に助かるわ。
「でも、助かりますわ。……さすがに先日『迎えに来た』と言われた時は、心臓に冷や水でもかけられたような気分でしたもの」
「アホだアホだと思っていましたが、下限の見えないアホですわね」
ルイーナ、婚約解消してから容赦がなさすぎるでは……。
「落ち着いたら必ず一度帰っておいで」
「はい……お父様。お母様やお兄様たちにも、どうかお体にお気をつけてとお伝えください」
「ああ」
立ち上がり、ドアの前まできてから父と抱き合う。
お父様。
いつも私の我儘につき合わせてしまった。
いくらニコラス殿下の婚約者だからと、私は彼女たちを上手く導くことができなかった。
陛下のお力に頼らなければ、ままならないほど。
私は、本当にまだまだだわ。
「また参ります。レイシェアラ様が外出できるようになりましたら、お茶会を開きましょう」
「ふふ、楽しみにしていますわ」
「どうか、本当にご無理なさらないで」
「ありがとう、ルイーナ」
最後にルイーナとも抱き合う。
次はいつ会えるだろう。
わからない。
でも、久しぶりに会えて嬉しかった。
私、まだまだ頑張れそう!
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