第17話 もふもふへの秘めたる想い……

 

「これで——最後!」

「「「おおおおおーー!」」」


 聖女として水晶柱を建て始めて三日目。

 ついに国中の国境付近に八本目の水晶柱を建てることができた。

 距離を移動するのだから仕方ないけれど、三日もかかってしまったわ。


「ありがとうございます、聖女様!」

「ありがとうございます! これで魔力がまた使えるようになります!」

「いいえ、これが聖女の役割ですから」

「作物が心なしか元気になった気がする」

「まあ、見て! あなた! 水魔法が使えるようになったわ!」

「すぐに作物に水をやろう!」

「おい! 誰か山の方の湧き水見てこい!」


 よかった。

 ここに来た時はみんな元気がなかったけれど、この領地の人たちの活気が戻っていく。

 これでひとまずは大丈夫かしら?


「あ、あの、聖女様」

「はい、どうかしましたか?」

「こんなことを聖女様にお願いするのは、大変心苦しいのですが……その、魔物を倒すことは、可能ですか?」

「え?」


 恐る恐る話しかけてきたのは、この町の近くの村人。

 たまたまこの町に買い物に来ていたらしいのだが、その村は最近巨大なオーガベアという魔物が出現する。

 村の残り少ない食糧を奪い、最近は鳥などの家畜を襲う。

 卵を産む鳥の家畜なら、夜家の中に避難させることもできるが、昨晩は牛舎にしまっていた牛が一頭喰われて攫われたらしい。

 村にはその牛の他に牛が五頭、山羊が八匹、馬が三頭。

 これらの家畜は村の財産。

 これ以上襲われたら、今度は人間も襲うようになるかもしれない。

 かと言って冒険者ギルドに依頼を出そうとしたら、今度は冒険者ギルドに「半年待ち」と言われたそうだ。

 理由は、魔物の巨大化や強さが著しく増しており、複数のパーティーが徒党を組んで挑まなければ倒せないような魔物ばかりになっているため。

 今回村を襲っているオーガベアもベア種の魔物の中では上位の強さと巨体を持つ。

 冒険者ギルドの受付の話でも、オーガベアの討伐には三級金から二級銀の実力者が、最低でも五人以上いなければ危険。

 そして当然その級位を持つ冒険者に依頼するのには、多額の金がいる。

 家畜を食われて、不作で今日明日の食事もままならない村はそんなお金がない。

 仕方なく、明日、村長を含めた数名で王都へ騎士団の派遣を依頼しに行くつもりだったそうだが、それだって移動に数日かかる。

 騎士団の派遣や、遠征、村長の往復……その間、村になにかあっても誰も助けてくれない。

 みんな自分のことで精一杯だから。


「もちろん、聖女様にそのようなことができるとは、思っていません! し、しかし、その」

「ええ、わかります」


 藁をも掴む思い、とはこのことなのだろう。

 今年はきっと不作にならないと思うけど、その作物だってこれから再び成長していくのだ。

 収穫にはまだまだかかる。

 このままではその村がなくなりかねない。


『主人様、オーガベアであれば我にお任せを。血抜きをすれば、クセは強くありますが、上手く調理すれば人間にも食える魔物です』

「え、そうなのですか?」

『はい。我が仕留めます故、ご命令を!』

「わかりました! 案内してください。そのオーガベア、こちらのクラインが倒しましょう!」

「な、なんと! ほ、本当によろしいのですか!?」


 ラック同様、護衛として薄紫色の毛並みをした狼になったクラインは、言葉を話せるようになった。

 最初こそクラインを「魔物!?」と思って怯えていた人たちも、クラインが知性的な言葉で話すと「喋った!」と驚いて私の護衛だと信じてくれる。

 さらに晶霊であると説明すれば、その目は好奇のものに変わり、女性たちからは大人気。

 そうよね、晶霊は憧れだものね。

 しかも大きな狼や馬の姿になったラックとクラインはあの小さな姿よりもサラサラ毛並みとふさふさのもふもふで……クラインのこの長くて流れるようなフワッフワ尻尾はもはや無意識に撫でてしまうというか撫でないことを耐えられないというか……。


「ふわふわ……もふもふ……」

『主人様、しっかり!』

「はっ! い、いけません、意識がまた……! す、すみません、お話中でしたのに……つい」

「い、いいえ」


 実家の金の毛並みを持つ大型犬、レオにも会いたいですね。

 私が犬好きだからとお父様がお誕生日に飼ってくださつたのに、あんのやんごとない馬鹿たれのせいで全然家に帰れずお世話もできず。

 いえ、レオは家の使用人がちゃんとお世話しています。

 ええ、それは知ってるんですけど、私は、私は……自分でお世話したいんですよ!

 一緒のベッドで抱き締めて寝てすりすりしてさわさわしてぎゅっーーーーってして、思いっきりお腹に顔を埋めて息を吸い込みたいんですよ!

 なのに「お嬢様はお疲れだから」と一緒のベッドで寝ることも、「お嬢様はニコラス殿下の代わりに政務をこなされてお忙しいから」とお散歩もろくに行けず。

 飼い始めて八年、私の夢と野望は果たされることはなく、むしろ家に帰ると「あ、おかえりー。それじゃあ」みたいな感じであからさまに他人が来た的な扱い。

 ああああ、私はレオともっと触れ合いたいのにぃーーーーー!


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