第16話 救うと決めた

 

「気持ちが悪い!」


 ラックに跨り、空を駆けながら叫ぶ。

 誰にも聞かれるわけではないとはいえ、いささか良くない言葉であることは自覚しているけれど、叫ばずにはいられなかった。


「どうしましょう、全然スッキリしません。そりゃ、彼女たちは困っていて、私もできる限りの支援はしてきましたし、ベティさん以外の皆さんは私の助言を聞き入れて色々の自分達で取り組みもなさって、今の生活を少しでも改善しようと頑張っていたのを知っていますして」


 と、それはもう独り言にしては長々と呟いてしまう。

 だって仕方ない。

 あのやんごとないドアホはともかく、他の婚約者たちを見捨てるのがどうしても気持ち悪いのだもの。

 貧乏で立場の弱い子爵家や男爵家の令嬢たちは、それこそ王家やシュレ公爵家の後ろ盾を必要としてアホと婚約しましたが、そこからなんとか立ち直ろうと頑張っていたのですよ。

 私も実家もそういう娘たちはできる限り支援したし、指導もしましたし。

 でも中には、親が本当にどうしようもないダメダメ浪費家だったり、商売の才能も良知運用の才能が皆無だったり、お人好しすぎて借金が膨れ上がっていたりとご自分の力でなんともならない娘もいましたし。

 そりゃ、ルイーナの言う通り「あなたが彼女たちの人生まで背負うのは間違ってる」というのは、理解できるのですよ?

 でも、たとえお人好しと言われようと本当に困って「たすけて」と差し出された手は取ってあげたいじゃない?

 そもそも、「たすけて」と言うのだって結構勇気が必要なことだと思う。

 私は結局親友のルイーナ、血の繋がった他お父様やお母様お兄様にも、「たすけて」と言うことができなかった。

 勇気がなくて。

 こんなことで助けを求める弱い娘だと思われるのも、こんなことで助けを求めたら迷惑に思われそうと、思えて。

 自分だって、そういう無駄に変なプライドがある。

 でもやっぱり失望されたり、迷惑になるのはどうしても怖かったの。

 私がこんなに怖い「たすけて」と頼むこと、彼女たちはその勇気があるのだ。

 とてもすごいと思う。

 他人に弱みを曝け出すのと同じじゃない?

 それができるのは、私はすごい勇気だと思う。

 そんな彼女たちを助けてあげたいと思うのは、なにかおかしいことだろうか?


「……そうね、やっぱり他の婚約者たちは助けましょう! 確か八番目の婚約者、ジータの領地は魔力不足による領内の不作が続いていたことが主な原因。魔力が満ちれば作物が実るようになるわ。そうしたら、ジータもきっとニコラス殿下の婚約者でいる必要はなくなる!」


 もちろんそれはジータとジータの家族に限らず、ジータの領地の民、その近隣の領地も同様だろう。

 国王陛下は特に不作が続いていたこの辺りの税を安くして、民が飢えないように調整していたはずだから、不作による死者は出ていないと思うけれど……。

 それもいつまで持つかわからないものね。

 他の領地の生産量も魔力不足でガンガン落ちている。

 他の領地からの輸入も、いずれ期待できなくなるのだ。

 そうなる前に、特にひどいこの地域に——魔力を!


「このあたりね。ラック、降りてもらっていいかしら」

「ヒヒヒヒ、ヒーン」


 降りていくラックは、ゆっくり、私に振動が伝わらないように配慮しながらカラカラに干上がった川の側に降り立った。

 ラックから降りて辺りを見回す。


「……っ……」


 なによ、これ。

 聞いていた以上に……想像以上に、ひどい。

 皮が干上がっているだけではない。

 周辺も草が枯れ果てて、先の方が茶色くなっている。

 木々もよく見れば下の方が腐り、茶色くなっていた。

 あとしばらく遅ければ、木々も落葉の季節でないのに枯れ果てていただろう。

 鳥や虫の鳴き声も、動物の気配もしない。

 干上がっている川の底には、魚の死骸。


「……私……」


 知らなかった。

 王都にいて、他にやることがたくさんあったから。

 でも、それは言い訳。

 地方が魔力不足で飢饉や不作に悩まされているのは、耳にしていた。

 まさかこれほど危機的状況だったなんて。

 人的被害は少ない?

 この地に住むのは人間だけではない。

 人間は助け合い、他のまだ作物が取れる地域から作物を買い、食い繋ぐことができる。

 けれどこの地に住む動植物はそうじゃない。


「ごめんなさい……今、助けますね」


 猶予はない。

 一刻も早く救う!

 それが『聖女』に選ばれた私の使命!


「聖女レイシェアラ・シュレが願い奉る! いでよ、竜の威信! 水晶柱!」


 刻印が強い光を放つ。

 私の中の魔力も全部持っていけばいい。

 この地を救う柱よ、どうか!


「っ!」


 幅は十メートル、高さは……よくわからない。

 私からはちょっと判断できないほど、巨大な水晶柱が生えた。

 柱から小さな光の粒が降り注ぐ。

 すると、周囲の草木がわずかに元気を取り戻したように見える。

 少しずつ失われた魔力。

 急速に補充されるのは、受け止める側が大変だから少しずつ。


「……次の場所に行きましょう」

「ヒン!」

「あんあん!」

「大丈夫、心配しないで。確かに魔力が空っぽになったけど、すぐにヴォルティス様の魔力が流れ込んできてもう全快なの。まだまだやれるわ!」


 ラックとクラインに心配されたけけれど、この日はここを含めた三ヶ所に水晶柱を建てた。

 明日も頑張らないと!

 ……ちなみにあのやんごとないアホはベルが追い返してくれていた。

 よかった、本当に。

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