第95話 09月15日【1】
お嬢ちゃんに依頼されたモデルのイベントも無事に終わり、私達はそれぞれの日々を過ごしていた。
だけど、それまでと同じ日常ではなかった。
イベントの日以降、
ここ最近は2〜3日に1回くらいのペースで近況報告のような、世間話のようなメッセージを
たまに電話も掛かってくるけれど、タイミングが合わず擦れ違うことも多い。
流石は大学病院に勤務する医師。とても多忙なようで、休みの日なども
忙しいと言えば、
今まで薬局からの問い合わせは半分以上が
薬剤師の
なんにせよ、
そして〈つがみ小児科〉の事務員。
まず
以前は
そんな今にも鼻歌を口ずさみそうな横顔が珍しくて、私はついまじまじと彼女を見てしまった。
すると視線に気付いた
数か月前の彼女なら興味なさげにPCモニタへ視線を戻すか、「セクハラです」と冷たい台詞を投げるかの2択だった。もちろん患者様の居ない時に限られるが。
しかし今の彼女はどうだ。
ほんのり頬を染めながら、ニコリと微笑み返してくれたではないか。
それも、赤ん坊や小さな子供に向ける、包み込むかのような微笑。
照れ臭くなって、今では私の方が視線を逸らしてしまう。笑顔が多くなったのは良いことだけれど調子が狂う。
そんな彼女とは反して、お嬢ちゃんである。
まるで
などと馬鹿なことを考えている間にも、お嬢ちゃんは小さく溜め息を吐いた。業務中でも
このままでは仕事に支障を来たすかもしれない。
考えた私は、お嬢ちゃんに業務後に少しだけ残ってもらうよう伝えた。お嬢ちゃんはコクリと頷いて応えた。
幸いにも今日は木曜日。午後の診察はお休みだ。
9月とはいえ、まだ暑い日が続く。おかげで患者様も少なく診療はほぼ定時に終わった。
常勤の
誰も居ない診察室に、私はお嬢ちゃんと入った。
「ごめんね、急に呼びつけて」
「いえ…」
普段父が座っている椅子に私は腰かけ、お嬢ちゃんは患者様用の丸椅子に座らせた。なんだか問診でも始まりそうな雰囲気だ。
私は自販機で買ってきた冷たいミルクティーを、お嬢ちゃんに差し出した。
「最近どう、調子は?」
「あ、はい…」
「もう9月だって言うのに、暑い日が続くね。嫌になるよ」
「そうですね…」
受け取った紅茶を握ったまま、お嬢ちゃんは顔を伏せるばかりで口を付けようともしない。
私はいよいよ
「なんだか、最近元気無さそうだよ? 心配事でもあるの?」
「………」
「僕で良ければ相談に乗るからさ。もしかして、仕事の悩み?」
力無く
すると彼女は、ゆっくりと顔を持ち上げた。
だがその様相は重たげで悲壮感に満ちている。私も緊張の汗を浮かべ固唾を飲んだ。そして――
「……わたし、〈つがみ小児科〉を辞めるかもしれないです」
――絞り出したようなその言葉に、私の汗と血の気が引いた。
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