第27話 04月16日

 「事務長、これ…」

「ん?」


土曜日の診療(午前診のみ)が終わり、待合室の片づけをしていたお嬢ちゃんが、困った顔で私に声をかけた。

 手には壊れた玩具が握られている。

 プラスチック製のパトカーはタイヤとドアがぎ取られ、ソフトビニールの人形は胴体が真二つ。腕も無惨にし折られて。


「あちゃー。これはヒドイ」

「たぶん、最後にいらっしゃった患者さんが。御兄弟で来られてて…」

「あー、ヤンチャ坊主みたいだねー。お母さんもスマホ見てるだけで注意してなかったねー」


呑気のんきに言いながらも、私は待合室にあるオモチャ箱を見た。半年前には箱一杯あった玩具類も、いつの間にか随分と減っている。小さなお子さんが間違えて持って帰ったり、今回のように壊れたモノを廃棄したからだ。


「うーん……また新しいの買ってくるかな」

「いつも事務長が買ってくるんですか?」

「そうそう、近所の家電量販店とかシオンモール(ショッピングモール)とかで」

「シオンモールですか? 私、最近全然行ってないんです。久しぶりに行きたいです」

「そうなんだ。じゃあ、買い物とかはいつもどこに行くの? 服買ったりとか」

「百貨店ですよ?」

「……え?」

「……え?」

「あ、いや。なんでもない」


私はお嬢ちゃんから壊れたオモチャを受け取ると、そそくさと2階の事務所にそれらを持って上がり、納戸の奥へ仕舞いこんだ。人形やオモチャを無闇に捨てるのは気が引けるからだ。

 神棚に手を合わせるみたく納戸に向かって二礼二拍手すると、私はすぐに1階の院へと戻った。


「――あ、薬局王キング


ちょうど事務所のエントランスを出た所で、閉局の片付けをする白衣姿の彼女に出くわした。


「あら、翔介しょうすけ。お疲れ様」

「お疲れ。なんかテンション低いね」

「そういうアナタも暗い顔じゃない」

「待合室の玩具が壊れちゃってさ」

「あら、アナタの所も?」

「あ、薬局王キングの所も?」


店舗に看板を仕舞った薬局王キングは、「ふぅ」としとやかに溜め息を吐いた。


「最後に来た患者さんよ。男の子だから仕方ないけれど、ちょっとヤンチャが過ぎるわね」

「元気なのはイイコトだよ」

「限度があるわよ。また新しいのを買いに行ってもらわないと…」

「あ、薬局王キングの所は職員さんが買いに行ってくれるんだ?」

「当然よ。そんな雑務にかまけている時間が、私にあるわけがないじゃない。未来の社長よ、この私は!」


さも得意げといった様子で、薬局王キングはニヤリと微笑んでみせた。


「そうかー、残念」

「あら、なにが?」

「ウチは僕がオモチャ買いに行くんだけど、一人で買うのって結構恥ずかしくてさ。毎回レジで店員さんに『プレゼントですか?』とか聞かれるんだよ」

「だからどうしたのよ」

薬局王キングもオモチャ買いに行くなら、一緒に行こうかと思って。二人なら恥ずかしさも紛れるし」

「……え?」

「でもしょうがないか。まさか薬局長キングのところの従業員さんと買いに行くわけにもいかないしな。仕方ない、残念だけど明日にでも1人で――」

「ち、ちょっと、お待ちなさい!」


突然放たれた薬局王キングの大声に、出掛かった私の声も驚いて喉の奥へと引っ込んだ。


「ど、どうしたのさ」

「あ……その……そ、そうよ! 今思い出したわ! 事務員さんは皆さん用事があるらしいから、今回は私が買いに行くことになっていたのよ! そうだわ、忘れる所だったわ!」


言いながら薬局王キングは何度も頷いた。しっかりしてるように見えて、意外と彼女も抜けているのだな。


「そっか。いつ買いに行くの?」

「え? えーっと……あ、アナタこそ、いつ買いに行くつもりなのかしら?!」

「僕は明日にでも行こうかと。日曜でウチの病院も休みだし」

「あ、あらそう? 奇遇ね! 私も明日買いに行くつもりだったのよ!」

「そうなんだ。じゃあ一緒に行かない?」


瞬間、薬局王キングは零れ落ちそうな程の笑顔を見せるも、努めて冷静に振る舞ってみせる。

 喜ぶ姿を私に見られたくないのか、彼女は後ろを向いて「んんっ」とひとつ咳をした。


「し、仕方ないわね! そこまで言うのなら付き合ってあげなくもないわ! 感謝しなさい! この私が貴重な休日を割いてあげるのだから!」


背中越しにでも分かる程の威風堂々たる振る舞い。けれど華奢な体とはギャップがある。


「うん、ありがとう。御礼に何か奢ってよ」

「と、当然ね! この私の貴重な時間をあげるのだから……って私が奢るの!?」


振り返った薬局王キングの驚く姿が可愛らしくて、私は思わず笑ってしまった。

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