第26話 04月09日【2】
説明会の会場は、県内随一の繁華街にある、研修センターを利用したものだった。
ビルのような建屋に併設の駐車場は無かったので、仕方なく近くのコインパーキングへ車を停めて歩いた。
ビルに入りエレベーターで6階まで上がると、まるで試験会場のような部屋。学生時代の模試が思い出される。
廊下には長机が設けられていた。どうやらここが受付のようだ。
「本日は弊社の説明会にご参加頂き誠に有難うございます。恐れ入りますが、こちらに医院様名と御名前をお願い致します」
「はい」
受付の女性に言われるまま、私は受付表にペンを走らせた。
「ありがとうございます。こちらが本日の説明会の冊子となります」
「どうもです」
「恐れいりますが、検温にご協力ください」
「はーい」
白い検温器が、私の
「ありがとうございます。奥様もお願い致します」
「違います。単なる雇用者と被雇用者です」
名前を書き終えた
恐る恐ると
「……すみません、もう一度失礼します」
だがディスプレイを一瞥した女性は、
そして、唐突に頭を下げる。
「大変申し訳ございません。37度以上の発熱が見られる方は、出席を辞退して頂いております」
申し訳なさそうに言うと、検温器のディスプレイを私達へ向けた。
「さ、37度5分?!」
「微熱ですね」
驚く私に対し、
「な、なんとかなりませんか?」
「申し訳ありません、感染拡大防止の観点から…」
言葉を濁しながら、女性は再び頭を下げた。
「仕方がありません。私は辞退します」
「辞退って、
「電車で帰ります。私のことは気にせず、事務長は説明会を受けてらして下さい」
「いや、それは…」
「さあ、もう始まりますよ」
言葉で私の背中を優しく押すと、
私は苦虫を噛み潰したような顔のまま、説明会の部屋へ入る。
だがすぐに踵を返した私は、気が付くと――
「
――今日一番の大声で、駅に向かって歩く彼女の名を叫んでいた。
「事務長……説明会はどうされたのですか?!」
「ハァ、ハァ……だ、大丈夫! これ貰ってきたから!」
肩で息をする私は、受付で配られている小冊子を見せた。説明される予定のスライドが、そのままPDFで印刷されている。
「ですが折角の、大切な説明会なのでしょう」
「
「ですが微熱程度ですし…」
「ああもう、ほら! 行くよ!」
見た目の割に頑固な
「申し訳ありません。私のせいで…」
「こっちこそ、体調悪いのにゴメンね。でも久しぶりのドライブ楽しかったよ。付き合ってくれてありがとう」
出来るだけ笑顔を作って私は答えた。けれど
「……事務長」
「なに?」
「セクハラです」
「この状況下においても?!」
「ええ。
「え、なんで?」
「秘密です」
そう言うと
その時、私の心臓が強く鳴いた……気がした。
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