第05話 03月08日【1】

 「それで、結局面接するんですか」

「うん、今日これから」


昼の休診時間中、私は綾部あやべさんとカルテの整理をしながら、さきの22歳の応募者について話していた。


「なにが不満なのですか?」

「不満じゃないよ。不安なだけ。若いしさ、すぐ辞めちゃうかも」

「関係ありませんよ、年齢は」

「そりゃあ、綾部あやべさんみたいにしっかりしてる人ならね。でもなかなか居ないよ、綾部あやべさんみたいな凄いヒト」

「別に私は普通です」

「ははは、御謙遜ごけんそんを」


カルテを片付け終えると、綾部あやべさんはパソコンの前に座り返戻レセプト(診療費請求の差し戻し)の処理に着手した。


「事務長は……何をそんなに迷っていらっしゃるのですか」

「だって電話口の声とかも、なんか頼りなさそうな感じでさ」

「実際に会ってみないと分かりませんよ」

「そうかなー」

「そうです。事務長だって電話口と実際会うのと、大分印象違いますから。ところで、このレセは何が間違ってるんでしょうか」

「これは……福祉(医療助成)の番号が違うんだよ。この方、先月誕生日迎えて、もう小児の番号じゃなくなったんだろうね。それか住所変わったのかな。県内なら市が変わっても福祉(医療助成)利くからね。家族参照で調べてみようか、一回」

「わかりました」

「ところで僕の電話の声と実際の印象って、どっちが良いの?」

「それは私の口からは言えません」

「なんで⁉」


――ウィイイ…。


「こ、こんにちは…」


院の自動ドアが開く音と共に、若い女性の声が聞こえた。面接希望の方が来られたのか。


「あ、こんにち――」


挨拶の途中、私は息を呑んだ。いや、その瞬間私は呼吸の仕方を忘れてしまったのだ。


 なにせ開かれたドアの前には、とんでもなく可愛い女性が立っていたのだから。


「あ、あの………わたし、今日、面接を御願いをしている――」

「……」


彼女の問いかけに私は何も答えなかった。無視ではない。ただ、呆然と彼女を見つめることしか出来ないでいた。

 マスクで半分顔を隠していても分かるほど、恥ずかそうに顔を赤らめている彼女を…。


「じ、事務長?」

「え……あ、はい! すみません!」


綾部あやべさんに呼ばれて、私は旅立つ意識を取り戻した。

 しかし、よく見れば綾部あやべさんも驚いていた。目を見開く彼女の顔など、初めてだ。


 「あ……ど、どうぞ、こちらへ」


院内を出た私は、二階の事務所へと応募者の彼女を案内した。

 背が高くスラッとして、遠目にも美人と分かる佇まい。マスクを着けていようと関係ない。

 目はパッチリと大きく、その瞳にはどこか安心感を与えられる。

 まだどこかが残るのは丸顔のせいか。芸能人で例えるなら、若い頃の高田里穂たかだりほ佐々木希ささきのぞみを足した感じだ。

 しかし、纏う雰囲気には皇族のような気品がある。服装のせいだろうか。まるで子供のお受験面接に来た母親のよう。22歳という若さには似合つかわしくない、大人びた格好だ。

 頬を耳まで赤らめ顔を伏せているあたり、引っ込み思案な気質なのだろうか。

 いずれにせよ、彼女の美しさには差し障りない。


 耳の奥から木霊こだまする心臓の音が、やけに騒がしく聞こえた。

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