第2話
午前八時半。長かった電車登校を乗り切りようやく学校へと到着した。
もう既に放課後のテンションと疲労具合だがここからがスタートだ。学校もまたネガティブな悩みを抱えた人間の巣窟である。思春期とかいう人生で最も精神異常が起こる不必要な心理現象を真っ只中に受ける高校生が所構わず刃を突きつけてくる。ここから人生のピークへと飛び立つ者、人生のターニングポイントを迎える者、勝手に夢を見つけてくれるのは結構だが、その飛び立つ助走での反動の沈みに巻き込まないでほしい。是非、俺のいないところで自分と向き合って下さい。
とは言いつつも、現状は常に頭痛に襲われることはなくそれなりに落ち着いた学校生活が送れている。この高校は先生、生徒合わせて合計900人程。満員電車より遥かに多い人数だが俺は建物内の人間全員が要注意人物なわけではない。
俺の頭痛の受信範囲はおよそ教室一つ分。実際に同じ空間を共有する一部の生徒にしか適用されないのだ。勿論、イレギュラーな授業や移動で不特定多数の生徒と顔を合わせることはあるだろう。しかし、そこで頭痛が発症しても僅かな時間の我慢で済む。何より学校には電車とは違い逃げる場所があるのだ。授業の一時間が苦痛でも間に10分のインターバルを挟むだけで精神的には楽になる。これまで何度トイレに助けられたか。内申に響いても仕方のないことだ。
同じクラスに思い悩む人間がいない限りは大抵平和に暮らせる。毎日とは言わないが40人が正常な状態でいることは少なくないのだ。
もう既に胃から腸にかけて中が空になるほどの試練を乗り切った後だし神様もこれ以上の試練を与えるつもりはないだろう。
教室の扉に手をかけるのと同時に俺は今日が最悪の日であることを悟った。ズキズキという電撃が脳を刺激する。
取り付く島もありゃしない。無慈悲な現実だ。もう誰も信じたりはしない、誰に何を言われたわけではないけれど。
早くも折れかけた心。この先に踏み入れるのが怖くて身体は硬直し、胃は回れ右をして帰宅をと訴えてくる。
でも、これでいいのか? いつまでも他人基準で自分の選択をして、幸せはいつ訪れるのか。
「もう五年以上この頭痛とは付き合ってきたんだ。耐性だってついてる。病は気から! 民間療法を信じろ! うおー!」
しかし、意気込みに相反して扉は開かず。まるで地震かのように振動だけが繰り返えされる。
「重い! 扉が重い! 開かないよー。教室が俺を拒んで──いたっ」
頭上でバインダーの角を感じ取る。振り向くと担任の毒毛辰流先生が立っていた。
「何やってんだお前……」
生徒の異常な一面に若干引いている毒毛。それを見て俺もすぐに冷静を取り戻したのと同時に恥ずかしさが込み上げてきた。頭痛を紛らわすためとはいえテンションを上げすぎて周りが見えなくなってしまった。中にいた生徒には怪奇現象の類に思われたかもしれない。
「すみません。扉が開かなくて……」
「あー、そっち何か引っかかってるみたいだから前から入れ。後で直しとく」
気持ちの問題かと思ってたら本当に開かなかったんかい。
席についてもなお頭痛が治まることはなく、いつものように朝のホームルームが始まった。
始まる前から気になっていたが始まって確信にできたことがある。隣からやたら視線が向けられている。
同じクラスの久留井沙希だ。隣の席なのにあまり話したことはなく見た目から醸し出されるクールビューティーな雰囲気が近寄り難さを感じさせる。今も無表情すぎて感情が読めない。
こんな近距離で睨まれるとは。俺は知らぬうちにどこかで地雷を踏んだのかもしれない。この手の女は小さいことを根に保つタイプだ。後になってくどくどと揚げ足を取ってくる。とりあえず今のうちに謝っておくか。
体を傾けたところで頭痛がさらに激しくなっていった。心臓のドキドキがズキズキに変わって頭に響く。そして、その理由を知る。
「今日の朝、図書室の窓ガラスに傷がつけられていたのを見つけたらしい。しかも何か尖ったもので特定の人物の名前を書くような悪質な犯行だ。この中に犯人がいるとは思わないが、何か知っているような者がいるならら教えてほしい」
なるほどこれか。
先生の静かな怒りに呼応して俺の頭のズキズキに加えチクチクも現れ出した。先生はこれの犯行に同情の余地はないと考えている。確実な悪意を持った犯行であり偶然を装う気もない。また、他人に危害が及びそうな事件性も含まれている。並大抵の一般生徒が犯すようなリスクじゃない。だからこそ異常性が増すわけだが。
残念ながらこのクラスに犯人がいる。先生の願いも哀しく犯人は俺の頭へ自白をしている。
まったく、後悔するならやらないで欲しいものだ。行動は大胆なのに小心者か?
俺は頭痛を紛らわすために両手で頭をマッサージを行い身体をくねくね動かす。これがここ数年で編み出した痛みを和らげる方法だ。内側の痛みには外側からの気持ち良さで対応する。
一方で隣の視線がさらに厳しくなっていた。
もしかしてこいつか? やたら俺を見てくるし、いつもの冷静な久留井と比べて挙動がおかしいといえなくもない。
俺が横目で久留井の様子を観察しているとばっちりと目が合ってしまった。両者共に硬直する。
「ど、どうかした?」
「こっちの台詞なんだけと……」
そうですよね。どうかしてるのは俺ですよね。どこで図に乗ってしまったのか。彼女が積極的に俺を見ていたのではなく俺が彼女に見られるような行動をとっていたんだ。だから久留井のその困惑は正しい。頭痛に悶え苦しむこの姿は醜くも放置してよいものか事情を知らない人間には悩ませるものだろう。
俺は一つ咳払いをして姿勢を正した。
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