第23話 西暦2016年:1

 村田菊代の邸宅は、近隣住民から「猫屋敷」と呼ばれている。

 その名の通り、菊代は猫を多頭飼いしている。何匹飼っているのか、恐らく菊代本人も把握していない。

 ペットショップで買った猫が三匹、保護猫が二匹、ここまでは確実。が、菊代は家に集まる野良猫(実際は近隣の飼い猫かもしれないが)にも、自分の飼い猫と同じように餌を与え世話をする。猫の間で菊代邸は無料定食屋のような扱いなのか、連日数匹の猫が外から姿を現す。中にはそのまま家に居つく猫もいる。かと思えば突然姿を消す猫もいる。

 その日も、集まった野良たちに餌をやるべく、庭に降りた菊代は、普段見かけない毛並みの黒猫を見つけた。

「まぁ、新顔ね、あなた」

 黒猫はにゃあと妙に甘えた声を出すと、他の猫に混じって餌箱に顔を突っ込む。

 菊代は喧嘩を仲裁したり、頬をくっつけ合って餌を食べる猫を微笑ましく見つめたりしながら、幸福そうに佇んでいた。

 今、世間で起こっていることに対して、菊代の反応は鈍い。

 テレビを観ていても、怖いわねぇ、と呟く程度だ。

 世間話をする友人もおらず、夫は二年前に先立たれている。

 子どもはいないらしい。その寂しさを埋めるために猫をたくさん飼育しているのかもしれない。

 今まで三度、魔法少女が菊代邸に姿を現した。

「この地区の担当になった、小田愛理です! 街の平和は私が守りますね!」

 元気溌剌といった様子の、オーソドックスなふりふりのドレスを着た魔法少女に対し、菊代ははぁ、と首を傾げ、ご苦労様です、と頭を下げた。

 半年後に小田愛理は激戦区となっている京都に異動となり、新しく藤沢リカという少女が挨拶に来た。

 三か月後、一身上の都合で魔法少女を辞めた藤沢リカに代わり、品田フランソワという魔法少女というよりお姫様といった格好の豪奢なドレスの少女が挨拶に来た。菊代は派手な格好を眩しそうに見て、やはり、ご苦労様です、と頭を下げた。

 餌タイムが終わり、猫たちは、ある者は外に帰っていき、ある者は庭でくつろぎ、ある者は家の中を駆け始める。

 菊代は、餌箱を洗うと、買い物のために家を出ていく。

 「猫屋敷」から人間が消える。

 新顔の黒猫は、妙に利発そうな表情で、ソファの上に座っていた。そこに、この家に居ついて長い三毛猫が近づく。

「何しに来たの?」

 三毛猫の問いに、黒猫は笑みを作る。

「世間話をしに来たんだ、新藤桃」

 黒猫の名は、プーホといった。



「すっかり世間は変わったね」

 そう言って、プーホは卓上に置かれたリモコンを叩く。

 ちょうどバラエティ番組が放送されていたのか、ひな壇には御馴染みの芸人、売り出し中のアイドル、俳優などが顔を並べる。

 その中に、頬を紅潮させ緊張した様子の少女が混じっている。顔立ちは同じ画面の美男美女と遜色ない、あるいは凌駕さえしているが、恰好が異様だ。モコモコとしたウールを体中に纏い、額からは二本の角が突き出ている。羊をモチーフとした魔法少女だ、と桃は気づく。

 番組は始まったばかりらしく、司会者が順番にゲストを紹介していく。

「えーと、角谷めるさんは魔法少女ということで……テレビに出るのは初めてだとか」

「は、はい! あ、そうだめぇ~」

「無理してキャラ付けしなくていいですからね!?」

 大丈夫? 緊張してる? かわいい~。

 角谷めるの周囲に座っていた女性芸能人たちはそう言って、めるのもこもことしたウールを撫でた。めるはますます赤面する。

「さ、当番組ではこれまで様々な魔法を見せていただきましたね」

 画面がスタジオからVTRに切り替わり、過去に登場したという魔法少女の映像が流れる。

 燕尾服の魔法少女が指を鳴らすと、スタジオ中が一瞬で花畑へと変化する。

 アルビノの魔法少女が息を吹きかけると、中堅のお笑い芸人がシャボン玉に包まれて空に浮かぶ。

 巫女服の魔法少女が両手を合わせると、用意された饅頭が二つに増える。

 VTRは5分ほど続き、またスタジオへと切り替わった。

「さて、めるさんは、どんな魔法を見せてくれるのでしょうか」

「は、はい! わたしは、じゃなくて、めるは頭突きが得意だめぇ~」

「よし、田中、立て!」

「いや待ってくださいよ!」

 司会者に振られ、中堅芸人がツッコミを入れる。どっと沸くスタジオ。

 テレビの前でそれを眺める猫2匹。

 3分程寸劇が繰り広げられ、(じゃあ俺が→どうぞどうぞという流れを見て、新藤桃はクラスで男子たちが同じことをやっていたことを思い出した)、結局角谷めるは用意された物体を頭突きで壊すということになった。

「えー、それでは、めるさんには、これを壊してもらいます!」

 赤幕が顕わになり、現れたのは黒のミニバンだ。

「ちょっと、これ、僕の車じゃないですか!?」

 再び中堅芸人が立ち上がり、オーバーなリアクションをとる。

 またもや茶番が繰り広げられ、後で治すからということで渋々了承する。

「あ、あの、私、治す魔法とか、使えないですけど……」

「あー大丈夫です。番組の後、専門の魔法少女が治してくれるそうなので」

 遠慮なくぶっ壊してください! と司会者に促され、角谷めるは緊張しきった表情で、ミニバンから距離をとり、タックルの姿勢をとる。

 がんばれー!

 がんばってー!

 女性陣から応援されるが、どうやらめるの耳には入っていないようだった。

 あ、やばい。

 桃は嫌な予感がした。

 明らかにこの魔法少女は場慣れしていない。

「てりゃー」

 可愛らしいかけ声と共にめるはミニバンへ突っ込む。

 破砕音がスタジオ中に響き、ミニバンは宙を舞った。

 スタジオの至る所で悲鳴が漏れる。

 落下したミニバンは、幾つもの部品を周囲に飛び散らせながら、スクラップと化していた。

 馬鹿だなぁ、と桃は率直に思う。

 明らかにやり過ぎだった。車を持ち上げるとか、車をひっくり返すとか、そんな、野生動物程度でも出来るようなことで、お茶を濁せば良かったのに。

 める本人は成し遂げたぜという表情で胸を張っているのだからますます痛々しい。

 完全に間違えている。

 今の情勢で、やっていいパフォーマンスじゃない。

 意気揚々と角谷めるは雛壇に戻るが、周囲の女性陣は怯えた表情で彼女から距離をとった。

 愛玩動物として撫でていた猫が、ライオンだと気づいたような空気だった。

「ますます魔法少女の肩身が狭くなるね」

 どの立場から物を言っているんだよ、と内心ツッコミを入れたくなる(直近のバラエティの影響か?)が、桃は黙っておいた。

 未だにこの魔法少女の敵が、姿を見せた理由が分からなかったからだ。

 チャンネルが変わる。

 また別のバラエティ番組だった。

 今度は人間と魔法少女の数が半々である。

「いや驚きましたよ」

 金髪の芸人が雛壇で話している。

「まさかうちの娘が魔法少女だったなんてほんと驚きました。最近雰囲気変わったなーと思ってたんですけど、てっきり彼氏でも出来たんかと思ってたんです」

「親にも秘密だったんですよね」

 隣に座っていたアイドルらしき若い女性が言う。

「誰にも話しちゃいけないんで、けっこうしんどかったですよ。でも、その分魔法少女仲間とは親密になって……」

 芸能人の娘、あるいは芸能人が魔法少女をカミングアウトすることは日常茶飯事になっている。

 紅白にも出演している若手歌手がライブで魔法少女姿を披露し話題になった。

 魔法少女を娘にもった芸人たちが親子でテレビに出演し視聴率を集めた。

 魔法少女だけで構成されたアイドルグループも複数登場している。

 世のトレンドは、魔法少女である。

「住みやすい世の中になった、と思うかい?」

 プーホの言葉に、桃は首を横に振る。

 魔法少女は世界で注目を集めている。いい意味でも、悪い意味でも。

 プーホがチャンネルを変える。

 今度は討論番組だった。

「ですからね、魔法少女は国の管理が絶対必要なんですよ。10代の少女が持っていい力じゃないでしょう。銃社会よりもよっぽど酷いですよ」

「私も大人が保護するべきという意見には同意です。ですが、それには段階を踏んで、少しずつ進めるべきだと思います。この年代の少女は繊細ですから抑圧的な政策はするべきじゃない」

「甘い! 魔法少女がどれだけ犯罪を起こしているか知っていますか? 対応が遅れれば遅れるほど犠牲者が増えるんですよ!」

「それは一部の非行魔法少女でしょう? 一部の問題を全体にすり替えるのはいただけません」

「一部で済んでいる内に徹底的に管理するべきなんですよ! 1%の魔法少女が暴れているだけでここまで被害が出ているのに、これが10%に増えたらどうなると思います? 人類が滅んでもおかしくないっ!」

「大袈裟ですよ」

 二人の論客の意見の応酬。

 それらを眺めながら、桃は溜息をついた。

 魔法少女が犯罪を引き起こしている。タカ派の論客の言葉は、まったく間違っていないのだ。

 妖精という管理から解き放たれ、自由に魔法を行使している。

 往来で魔法少女が暴れ出したとして、止めるには警官の武力では足りない。軍隊の出動あるいは他の魔法少女が倒しにいかなければ彼女を止める者はいない。

 魔法少女というだけで崇められ、魔法少女というだけで嫌われる。

 2016年は、そんな嫌な時代だった。



 魔法少女が世間に周知されて一年が経とうとしている。

 ある日、全世界に無数の魔獣が出現した。

 教室で、オフィスで、交差点で、ビーチで、テレビ局で。

 魔獣は手当たり次第に人を襲い、貪った。

 人が死んだ。たくさん死んだ。

 警察の銃器では対応出来ず、軍隊の出動も遅れた。

 人々を救ったのは、魔法少女だった。

 煌びやかな衣装を纏った美少女たちが、魔獣たちに向かっていき次々と討ち取っていった。

 魔獣を一掃したとき、人々は彼女たちに問いかけた。

 君たちは何者かと。

 大勢の魔法少女はその答えを持っていなかった。

 魔獣を目撃し恐怖したとき、いつのまにか変身していたという。

 一部の魔法少女は魔獣について知っていた。彼女たちは今まで人知れず魔獣と戦ってきた者たちだった。しかし、何故世界中でこうも大量発生したのか、その答えはもっていなかった。

 答えを示したのは、一人の魔法少女だった。

 白衣を纏った、蒼い瞳の魔法少女。

 名を、青葉理。

「この魔獣は、妖精が発生させたものです」

 魔法少女を管理し、魔法少女を騙し、魔法少女によって滅ぼされた種族。彼等の悪あがきの結果が、この惨劇であるという。

 かくして、人類は魔法少女の存在を知ったのだった。

 

 

 

 

 

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