終焉世界の魔法少女

鈴鹿龍悟

第2話 西暦2015年:1

 魔法少女。

 「猫」……本名、新堂桃が魔法少女になったのは13歳のときだった。

 

 その頃、桃は中学校に「猫部」を設立させるべく部員集めをしていた。

 桃は猫が好きだ。あの自由な感じがいい。来世は猫になりたい。

 桃の中学校には「動物愛好会」があった。犬と猫を飼育する部活で、年一で遠征と称して動物園に繰り出していた。

 最初、桃は「動物愛好会」に入ろうと思っていた。

 けれど、何かが違う。しっくりこない。

 仮入部のときに、意外と上下関係がしっかりしている雰囲気が、馴染みづらい。

 生き物の命を預っているからか、顧問が厳しそうだ。

 だから、入部したくない……?

 それだけか? 本当にそれだけの理由か?

 ——飼育する動物を自分一人で選べない。

 それが、嫌だ。

 どうして嫌なのか……わからない。


 結局、桃は「動物愛好会」に入らなかった。

 代わりに「猫部」を設立することにした。

 新しい部活を作るには、自分含めて部員が3人必要だ。

 桃は部員探しに奔走することになった。


「九十九さんってさ、猫飼ってるんだよねっ! ね、猫部……どうかな……ねっ!」

「入ってもいいけど、代わりに宿題やってくれる?」

「えっ……それは、ちょっと……」

「じゃあ入んない。他の人当たって」


 

 冷たく去っていくクラスメイトを見送りながら、桃は肩を落とす。


 クラスの猫好き女子はこれで全滅だ。

 小学校の友達にも声をかけているが、それぞれ入りたい部活がもう決まっていて、既に入部届を出してしまっている。

 桃のために「猫部」に入ってくれるような親友。桃にはそういった存在がいない。

 濃い人間関係が苦手だ。

 皆と同じものを共有するのが苦手だ。

 誰かに縛られるのが……苦手だ。

 故に薄い人間関係。その結果、「猫部」設立は暗礁に乗り上げていた。

「やっぱり、動物愛好会に入ったほうがいいのかなぁ」

 普通はそうする。

 たぶん「猫部」に入るような生徒はみんな「動物愛好会」に入っている。

 だから桃も入ればいい。分かっている。分かってはいるのだけれど……。

 そもそも本当に「猫部」を作りたいのか。本当に私が望んでいることは……。

 たった一人の帰り道、桃は思春期でございといった葛藤を抱えながら歩く。

 ふと、視線を感じた。

 一匹の黒猫が自分を見ている。

 青い瞳をしている。どこか知性を感じさせるその瞳に、桃は憧れる。

「いいなあ。自由そうで。私、来世は猫がいいなあ」

「それが君の望みかい?」

 と、黒猫は言った。

「…………へ?」

「君は猫になりたいのかい?」

 猫が喋っている。

 桃は周囲を見渡した。

 ドッキリ? モニタリング? 水曜日?

 少なくとも周囲にカメラのようなものは設置されていない。

 もっとも、素人の桃に見つからないよう機材を隠すくらい、プロなら出来そうだ。

「えーと……あなたが喋ったんだよね?」

「そうだよ」

「すごい……」

 で、どうしよう。

 もしドッキリならあんまり変なことは喋らないようにしないと。

 で、でもドッキリなら、ドッキリだって言っちゃ駄目だよね。乗ってあげないと。

「えーと、あなたお名前は?」

「僕はプーホ。妖精だよ」

「よ、妖精!?」

 どうしよう、思ったより難解な設定かもしれない。

 桃はアドリブに強くない。小学生の頃、一人一分スピーチをする授業があったら、事前に2時間ほど準備をしていた。

「妖精さんが、私に何の用かな?」

「君さ、来世は猫になりたいんだよね?」

「え!? ……えーと」

 いざ他者に言語化されるとアニメヒロインのような言いぐさで、桃は赤面した。

 違うよ、そんなこと思ってないよ、と否定しようと思った。

 けれど、それもやっぱり違うのだ。

「うーん、まあもし生まれ変わりとかあるなら、猫になりたい、かな……」

「その願い、叶える手段があるといったらどうする?」

「え!?」

 妖精の言葉に、桃は本日何度目かの驚きの声をあげる。

 猫になる。猫になれる。人間を辞められる。

 そんなのは嘘だ。でたらめだ。ドッキリだ。

 桃は13歳だ。物の道理は分かる。

 そんなことがもし本当に可能だとしたら……。

「魔法がつかえれば猫になるのは簡単さ」

 プーホはあっけらかんとした口調で言った。

「変身魔法を習得して猫になればいい」

「……魔法とか本当にあるの?」

「あるよ」

「見せてよ」

 我ながら意地悪だと桃は思った。ドッキリなら魔法を見せれるはずがないのだ。

 きっと「ここにはない」とか「一般人には見えない魔法」とか言うつもりだろう。

 そうしたら嘘つき扱いしてこの場を立ち去ろう。「ドッキリ大成功」プラカードを持ったスタッフが駆け寄ってくるに違いない。

「いいよ」

「そうやって誤魔化す時点で信用できな……え?」

「『浮かべ《マジカル》』」


 妖精が呟いた瞬間、桃は浮遊した。

 

 

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