2:隷魔

「ポンよ、つまりお前は隷魔がほしいのか?」

「ホシイノカ!? ポンヨ、ホシイノカ!? クェエー!」


 ジン先生の肩には、首周りに緑色のヒレと青い羽毛を湛えた鳥が乗っている。風の魔法を使う彼女の隷魔、エリマキオウムのリッキーだ。


 隷魔とは文字どおり「ヒトと隷属的な契りを結んだ魔物」だ。非言語的な意思の疎通(テレパシー的なもの)が可能になる。


「いや、うーん……そういうわけじゃ……」


 確かに憧れはある。先生はこの村で唯一の隷魔持ちだけど、リッキーとはかたい絆で結ばれているのが見てとれる。そういう姿を見ればぶっちゃけ羨ましくはある。


 とはいえ、おいそれと手に入るわけでもない。なにより「隷魔ならなんでもいい」というわけでもない。


「その『夢の卵』にこだわる理由が、他にあるのか?」

「いや、その……」

「隷魔はいいぞ。賢くて従順で頼りがいがあり、人生を彩ってくれる。なあ、リッキー?」

「リッキー、賢イ! ジン、美シイ! クェエー!」

「よしよし、リッキーは正直だなあ。豆をお食べ」

「仕込んでません?」

「ポン、マセガキエロガキ! 皮カムリ! クェエー!」

「仕込んでますよね?」


 隷魔は主人の意思を理解し、主人に意思を伝えることができるという。オウムの叫ぶ言葉が本心なのか先生が夜な夜な憶えさせた単語なのかは傍目にはわからない。


「お前がどれだけ望んだとて、隷魔とのめぐり合わせは精霊様のお導き次第というものさ。隷魔を求めて果てなくさまよう者もいれば、私のようにひょっこり書斎に飛び込んできた幼鳥と契りを交わしたような例もある」


 魔物と出会い、絆を培い、魂での結びつきを構築する。適性や相性なども必要になる。そんなハードルの高さもあって〝隷魔使い〟になれる者は少なく、どこに行っても重宝されることになる。


「こればかりは成るようにしか成らんさ。運がよければいつかお前にも――」


 ドタドタと廊下を走る音が近づいてきて、バンッと乱暴にドアが開けられる。


「せっ、先生!」


 息を切らして飛び込んできたのは、村の狩人衆の若手だ。


「どうしたサン、騒々しい」

「見たことねえ魔物が出やがった! アラとアビが襲われて重傷だ!」

 

 

    ***

 

 

 この十年間、前世で培った「最低限の大人の分別」を用いて「最大限の良い子」を演じてきた。村でたった一人のヒュムとはいえ、一人で出歩いていても「両親のお遣いかな」「偉いわね」と大人たちが何事もなくスルーしてくれるだけの信頼は勝ち得てきた。


 そんな僕だけど、今日初めて大人たちの言いつけを破る。

 すなわち「一人で無断で村を出る」。かなりドキドキしているのは内緒だ。


「――ポン? なにしてるの?」


 はい、庭を出る前に呆気なく見つかりました。オカンの勘のよさなめてました。連れ戻されて正座させられています。


「もう、今までこんなことしたことなかったのに……」


 そんな風に困惑と落胆の表情を向けられると心が痛む。母さん、悪い子でごめん。


「父さんたちが森狩りに出たのは聞いたわよね? 外は危険なのよ」

「だって……」


 この世界の動物は、生物学上の分類とは別の分けかたがある。


 通常の獣や昆虫と異なり、高い知能や魔法の力を持つ種は〝魔物〟と呼ばれる。ゲームの敵キャラのように人界に害をもたらすものもいるけど、家畜化されて人間のパートナーとして働くものもいる。この森にも数多くの魔物が生息している。


「見たことのねえ、黒毛の四足獣だった……輪郭しか見えなかったけど、とにかくこんっなデカくて、ギョロッとした目がビカッって光って……」


 こっそり盗み聞きした大人たちの会議、命からがら逃げてきた狩人たちの話だ。


「一瞬だった。気がついたらアラとアビがぶっ倒されてて、俺のほうに突っ込んできたから、とっさに【火花】を使ったんだ。至近距離でくらって眩しかったんだろうな、そいつは一目散に逃げてったよ……でなきゃ三人とも今頃あいつのおやつだったぜ……」


 どうにか連れ帰った二人は手当を受けて一命をとりとめたらしい(エフ族は薬草学や医術が得意だ)。


「襲撃を受けたのは……(ガサガサと地図を開く音)……このへんだ。小川のほとり、三角岩があるあたり」


 それを聞いた瞬間、腹の奥がどくんと疼いたような気がした。


 それはまさに、父が僕を拾った場所だった。

 その後も何度か目撃され、そしてついに今日。

 村の男衆による大規模な森狩りが行なわれることになった。

 

 

 

 もしかして、万が一――。


(黒毛)

(四足獣)


 ――そいつは、僕の腹の上で孵った、あのチビなんじゃないか?

 ――はぐれて、それでも生きて成長して、あの場所に帰ってきたんじゃないか?

 ――あれは、さくらなんじゃないか?


 そんなわけがないと、頭ではわかっている。でも居ても立ってもいられなくなって、そこへ行ってみようと思った次第だ。あえなく失敗に終わったけど。


「とにかく、父さんが帰ってくるまでおとなしくしててね。家から出ちゃダメよ」

「はい……」


 モヤモヤした思いを抱えたまま、じっとしていることしかできないなんて。


 今頃は村の総力をあげて捜索と討伐の真っ最中だ。いかにこの世界の魔物が危険な存在だとしても、地の利はこちらにあり、なおかつオネの狩人衆は屈強だ。


 そいつに待っている未来は、オネの縄張りから追い出されるか、あえなく狩られるか――。


(万が一)

(ほんとにさくらだったら)


 閉じたまぶたの裏に、弓の雨を投げかけられる光景が、火や土の魔法で追い立てられる姿が……。


 ――せめて、この目で確かめたい。


 独りよがりの妄想だとわかっているのに、そんな風に考えだすと止まらない。というわけで窓からそっと外に出る。


「こら、ポン」


 そして見つかる。ママすごい。


「ほんとにもう……いつもはこんな面倒かけないのに」

「だって母さ――」


 僕の目の前で、

 母が突然ふらっとよろめき、そのまま地面に倒れる。


「か、母さんっ!」


 慌てて肩に触れると――すーすー、と安らかな寝息をたてている。


(寝てる?)


 脈はあるし体温も平常、苦しんでいる様子もない。ごく普通に眠っている。


(とにかく、家の中に…………?)


 なんだろう、なにかがおかしい。


(……静かすぎる)


 大勢狩りに出ているとはいえ、こんなにも周りが静かなのは初めてだ。

 母をずるずると引きずって玄関に寝かせ、庭から出て通りを見渡してみると、


「ヨギさん!」


 向かいのヨギさんが道端に倒れている。慌てて駆け寄ると、やはり母と同じだ。とても気持ちよさそうに眠っている。


(なんで……なんだよこれ?)


 よく見れば、他にも倒れている人がいる。そちらに向かおうとしたとき、

 背筋が凍る。


 気配がある。後ろに、なにかいる。


「…………」


 おそるおそる振り返ると、


「……鼠……?」


 二メートルはありそうな、巨大な鼠だ。


 夜の闇より濃い黒の体毛をまとっている。前歯も爪も研ぎ澄ましたように鋭く、長い尻尾が蛇のようにうねっている。目尻まで切り上がった口から「フシュー、フシュー……」と低い吐息が漏れている。


(まさか、これが)


 例の黒い獣?


「さ……さくr――」

「おお、起きてるやついたんか」


 獣の背中から、男が降り立つ。


 尖った長耳――でも、間違いなくエフ族ではない。


 こんな、紫色の肌に金色の目をした人間は見たことがない。


「よう、マ族を見るのは初めてかい? そんでこいつ、俺の隷魔ね」

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