一緒に転生したうちの猫が(たぶん)神獣

佐々木ラスト

プロローグ

  かかりつけの獣医さんによると「おそらくスコティッシュフォールドの血が混じっている」とのことだけど、耳は折れていない。


 毛の模様は白と銀のサバトラ。尻尾の先まで黒っぽい縞模様(タビー)が入っていて、お腹は真っ白、足先もおいしそうなクリームパン仕様。


 大きな目はまん丸だけど大抵は眠そうに半目になっている。鼻先も肉球も春の化身のような澄んだピンク。体重的に太っているわけではないけど、首と足が短くてムッチリしているのがチャームポイントだ


 性格はのんびり屋ながら猫一倍臆病で、僕以外の人には(少なくとも初対面では)めったに懐かない。トイレの掘り掘りは結構深い派。


 普段はおとなしくてイタズラも少ないのに、ふとした拍子に火がつくと猛獣と化して大暴れする。階下の住人からクレームが来るほどドタドタと力強く駆け回り、ティッシュ箱を蹂躙し壁紙を陵辱し、気が済んだかと思うといつものポジション(キャットタワーのてっぺん)で「なにか事件でも?」みたいな顔をする。息切れてるぞ。


 それでもというか、まだ目も開いていない頃から甲斐甲斐しく世話をしてきただけあって、大きくなっても相変わらず甘えん坊だ。仕事に出かける朝は玄関のドアの前に立ちふさがって「行かんとけや!」と鳴きわめくし、休日になれば朝昼晩と三度は僕の太ももの上にちょこんと顎を乗せて「もふれ」と上目遣いで催促してくる。


 ――こんな風に彼女について語りだせば、とても一晩や二晩では足りない。


 ぽつんと一匹で雨に打たれていたあの日の出会いから二年、僕のすべては彼女――さくらのためにあった。


 彼女とすごす日々が当たり前になっていた。それまでの自分を思い出せなくなるくらいに。

 けれど、そんなある日のこと。


「さくら、さくらっ!」


 あとから思えば、朝から少し元気がなかった。夏がすぎて一緒のベッドで寝るようになったけど、珍しいことに僕の耳元で「腹減った朝メシはよ」と泣きわめく目覚まし機能が作動しなかった(おかげで少し寝坊した)。


 のそりと起きたさくらは、いつものササミまぜカリカリを一口二口食べて、嘔吐した。そしてぐったりとうずくまって動かなくなってしまった。


「びょっ、病院!」


 会社に連絡している余裕などなかった。すぐさまタクシーを手配し、苦しげなさくらをキャリーバッグに入れてマンションの前に出た。さくらに声をかけて励ましながら、内臓を掻き回されるような焦りに耐え続けた。


 やがて向こうから行灯をつけた車がやってきた。予約したタクシー会社の車だ。


 僕は歩道ギリギリのところに立って手を振ってみせた。


 運転手は気づいていないようだった。というより僕には、ハンドルにもたれかかったその人の頭頂部しか見えなかった。


 車は減速するどころか加速して、まっすぐにこちらに突っ込んできた。

 その瞬間、


(さくら――)


 僕は車に背中を向けて、キャリーバッグを胸に抱えた。

 とっさにそうしたことに、疑問は持たなかった。

 

 

 

 ぱっと光

 真っ白

 無音

 無感覚

 思考さえ消えて

 そのまま

 真っ暗な眠り

 

 

 

「――ときどきさ、前世の記憶を持ってるとかいう人がいるじゃない。ああいうの、君は信じるほう?」


 いや……どうだろう? 僕はうさんくさいと思うけど。

 てか、誰?


「魂ってものが実在するとしたら、死んだ人の魂ってどうなると思う?」


 どうって……天国にいくとか?


「死後の世界は信じるの?」


 うーん、だって魂が存在するならって仮定だから。


「なるほどね。今このとき命を落とした君としては、そのほうが気休めになるもんね」


 ……僕、死んだの?


「君たちの世界において、ある種の宗教あるいはスピリチュアルな思想とともに語られる、死後転生という概念。結論から言っちゃうと、それは起こり得ない話じゃないんだ。ごくまれにだけどね、魂が別の生命に宿るってことは」


 ねえ、さっきからなんの話なの?

 ていうか僕、今どうなってるの?


「魂というのはね、君という存在の記憶や人格を司る概念的な核心であると同時に、れっきとした物質でもあるんだ。きちんと形も重さもあるモノとして存在してる、君たちの科学力や価値観では観測できないだけでね」


 ダークマター、的な?


「まあちょっと違うけど、そんな感じ。ともあれそれが、ごくまれに消失せずに地表に残って、ごくごくまれに他の生命の誕生の際に混じり合う。魂にトレースされた記憶が前世のものとして新しい命に受け継がれる。それが生まれ変わりって現象の絡繰(からくり)なのさ」


 ……で?


「君の魂はここにある。というか、今の君は肉体を抜けて魂だけの存在だ。散り散りに消えちゃう前に私がひょいっと保護したっつーかね」


 どゆこと……?

 てか……さくらは?


 さくらは、どこ?

 さくらも、僕と一緒に……?


「ふふっ……君というやつは、死んでもなんだね。だからこそ面白そうだったってのもあるんだけど」


 ……なんだ?

 目の前が、

 夜が空けるみたいに、


「大丈夫、目を覚ましたら私のことなんか忘れている。さあ、始めようか」


 明るくなって――


「どうか、君たちの新たなる生が、私の世界に新たなる風と救いをもたらさんことを――」

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 なんだこれ?


 からだが、うごかない。

 めがかすんで、よくみえない。


 ぼくのて、ちいさい。

 ここは、ゆりかご?

 ぼく、ゆりかごでねてる?


 おなかのうえに、なにかがいる。


 ――あおじろくひかる、ナニカ。


 まるくて、くろっぽくボヤッとしてて、でもアタマとアシがある。

 それはじっとしたまま、ぼくをみている。きがする。


「――……あ、う、あ?」


 なんでかじぶんでもわからないけど、「さくら?」とよびかけてみた。


 そいつはぼくのおなかのうえで、「にー」とだけこたえた。

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