見失っていた心 ※公爵視点

父上がメアリーに領地を譲渡したと知ってから一週間ほどたった頃、俺は両親に呼び出された。


両親の住む屋敷に向かう間、俺はずっと苛立っていた。

少し前、メアリーに少々怪我をさせたことで賠償金が上乗せされたからだ。

あんなのは単なる事故だろう?こんなことにまで金を要求するなんて……!


その苛立ちを隠さぬまま、両親と対面した。

父上は今まで見たことがないような冷たい表情をして俺を見つめていた。

母上はただひたすらに悲しそうな顔をして、父上の横に立っていた。


「一体何の用があって俺を呼び出したのですか。勝手に領地を他人に渡しておいて、今更何を話すつもりですか?」


今まで両親にこんな口の利き方をしたことがなく、怒りに身を任せて口から滑り出てきた言葉に自分でも驚いた。

だけど、これは紛れもなく本心だ。父上が領地を俺に譲渡していれば、こんな悲惨な目には遭わなかったはずだ!


「お前のような奴に領地を任せることは出来ない。だからこそ爵位は譲渡しても領地は私が所有していたのだ。それが分からんのか。女遊びだけなら直接口を出すつもりはなかったが……怠けて働かない者が人様の上に立つことは許されない」


「俺は怠けてなど……」


「ハロルド・ローフォード男爵にどれだけ仕事を押し付けたのだ。部下は機械人形ではない。本来の業務に加え、お前の尻ぬぐいまでさせるなど、到底許される行為ではない」


「それは……」


確かに最近はハロルドに任せっきりだったかもしれないが、あいつは何も言わなかったし……。


「私も年老いた。もっと早くお前の愚行に気づくべきだったのだ。これを読め。お前がしてきた行為に対する領民の答えだ」


疲れ切った様子の父上から渡された紙には、俺の爵位が剥奪されたことが書かれていた。


「なんだこれは……爵位の剥奪?この俺が?」


「代々受け継がれてきたラングトリー公爵家はお前の代で途切れたのだ。お前にこの責任が取れるのか?」


重々しい口調で父上が俺に問いただした時、母上がとうとう泣き出した。

母上の涙を見たのは、これが初めてだった。


「私達の息子が公爵家を潰してしまうなんて……ノーマン、どうしてメアリーさんを大切になさらないのですか?彼女のような淑女と結婚すれば少しは落ち着くだろうと思っていましたのに。妻も領民も大切にせず、あなたは何をしていたのですか?」


俺は……俺は一体何をしていたんだ?

ただ結婚が気に入らなくて、一人の女に縛られたくなくて、それで……。

女と遊べば、その間だけは煩わしい事はすべて忘れられたから。


でもそのせいで俺は全てを失ったのか。俺だけではなく家族にまで泥を塗って、家門を潰して、何も残らなかった。





「申し訳ありません……」


長い間言葉が出ず、ようやく絞り出した謝罪の声は小さくかすれていた。


「本当に申し訳ありません。俺のせいで……」


なんとか言葉を絞り出し頭を下げ続けた。

しばらく母親のすすり泣く声だけが響いていたが、長い沈黙を破り父上が口を開いた。


「反省したのなら、これからここで働きなさい。まずは貴族ではなく、一人の人間として自立することだ」


そう言って渡された連絡先は、父上の弟である叔父の会社だった。確か隣国で貿易会社を営んでいたな。

父上は俺のためにわざわざ叔父に連絡してくれたんだろうか……。

最後まで迷惑をかけているな、俺は。





もう全て失ったんだ。やれることをしよう。


「父上、母上、最後までこのような温情をかけていただき、ありがとうございます。精一杯働きます」


覚悟を決めて宣言すると、母上は真っ赤な目を細めて少し微笑んだ。


「あなたにはまだ帰ってくる家がありますからね。身体には気をつけるのよ」


俺にはまだ家族でいてくれる両親がいる。幸せなことだ。

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