51-3

「懐かしい空気…」

裏に馬を放して中に入ると今住んでいるところとは違う空気が漂っていた


『サラサとレイの香りがするね』

「そう?」

『うん。今の家と同じくらい心地いい』

カーロは私の足に頭を擦り付けながら言う


「シアも初めてね」

「うん。カーロと探検してもいい?」

「いいわよ。カーロお願いね」

『はーい』

シアとカーロははしゃぎながら走って行った

同じ家の中でも初めての場所はやはり興味が引かれるのだろう

窮屈な思いをさせていただけに楽しそうな姿を見て胸をなでおろす


「レイ?」

見送りながらレイは背後から抱き付いてきた

引き留める様子がないところを見るとここなら安心できるということだろうか?


「ソファーで休む?」

「ああ」

引っ越す前の状態で止まった部屋は、魔道具のおかげで長い時間誰も足を踏み入れなかったにもかかわらず綺麗だった


「ここでも色んなことがあったよね」

抱きしめるレイに背中を預けながら色んなことを思い出す

保護されたときから特別になった場所


「レイ」

「…」

膨らんだお腹の上に軽く置くように回された手に触れるとピクリと反応するのがわかった


「…ごめんねレイ。犯人に捕まったのは私のせいなんだ…」

あの時どうして魔法を使わなかったのか

あの一瞬の迷いをずっと悔やみ続けていた


「あの時ためらわずに攻撃してれば…そしたらシアにあんな思いさせずに済んだのに…レイやみんなにも…」

大きな後悔と悔しさに涙が溢れてくる

元の世界とは違うとわかっていたのに

どこかで元の世界の常識に引きずられていたのだと今ならわかる

あの場でシアとお腹の中の子たちと共に殺されてもおかしくは無かったのだから


「サラ…サ…?」

レイの声には戸惑いが含まれていた


「何で泣いて…」

私の体がレイの方を向くように抱きなおしたレイの目に弱いながらも光があった


「私が…わかる?」

「あぁ…でもずっと…」

レイは自分の状況を把握しようとするかのような素振りを見せていた


「何でここに…?」

「レイが…前みたいに閉じこもっちゃったから…でも良かった…」

嬉しさのあまりレイに抱き付いた

首に手を回すとしっかりと抱きしめてくれる

血の通った、思いを伴ったその温もりが嬉しくてまた涙が溢れてくる


「ごめ…ね…」

「何が?」

「あの人たちに囲まれたとき、私は攻撃するのをためらったの…あのときためらわずに魔法を放っていれば…」

「サラサ…」

「幼いシアの前で手を出してない相手に攻撃するのをためらったの。元の世界で…先に手を出した方が悪だったから…ここは違うとわかっていたのに…そのせいでシアにあんな…」

幼いシアを恐怖に晒し力を使わせてしまった

人相手に放った現実で小さな心を深く傷つけてしまった

大勢の人を巻き込み

レイの心まで傷つけた

全てはあの時一瞬ためらったことから始まったことだ

吐き出すように伝えながら自分の声が震えてるのが分かる


「サラサのせいじゃない。悪いのは他の誰でもなくあいつらだ」

「それは…」

分かってはいるのだ

でもそれだけでは片付けられない自分がいる

でもうまく言えず、長い沈黙が続いた


「ごめんな…」

「え…?」

なぜレイが謝るのかが分からない


「サラサもシアも…一番つらい時に俺が支えるべきだったのに…でも俺は…」

自分の心の中に逃げたのだと悲しそうな目をした


「サラサ、俺は…ずっと恐れてた」

「恐れる?」

「お前を…シアを失うことを…俺はそれが何よりも怖い」

「レイ…?」

「自分でもおかしいとわかってる。でもその不安と…その恐怖とどう向き合えばいいかわからない。そんな自分がイヤで何でもないことだと自分に言い聞かせてきた」

思いもしなかったことをレイは苦しそうに話す

その不安や恐怖が過保護として行動に現れていたのだろうか

誰もが認めるレイの過保護度合いが気持ちの表れだとしたらどれだけ苦しんできたのだろうか


「あいつらから受け取ったメモを見て自分を押さえることが出来なかった。俺が単独で乗り込んでたら絶対にあいつらを殺してる。お前もシアも…腹の中の双子も…失いたくないんだ。失ったら俺は…生きる意味が分からない」

その辺の人がそんな言葉を口にしたなら私は絶対に笑い飛ばしただろう

でもレイにはそれが出来なかった

長い間人間らしい心を失っていたレイにとって、自分の心程扱いにくいものは無いのかもしれない


「…一緒に乗り越えよう?」

「一緒に?」

「私の罪悪感も、シアの苦しみも、レイの恐怖も…皆で一緒に乗り越えよう?」

「サラサ…」

レイが流れる涙を優しく拭う


「みんなの前で弱音吐けないなら…また私達だけでここに来よう?ここは私達だけの場所だから」

「ああ…そうだな…」

答えたレイは私を腕の中に閉じ込めた

その体が少し震えていた

時々聞こえる鼻をすする音に気付かないふりをしてレイを抱きしめ返す

互いに落ち着くまでしばらくそのままでいた

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