20-4
私はマリクの正面に座ってから尋ねた
「マリク、ご飯の時はいつも何を飲んでたのかな?」
「…みず」
応えるものの表情は暗い
「お水は嫌い?」
頷いた
「ここ…いたい」
お腹を押さえて言う
「水で腹がいたくなる?」
カルムさんが首を傾げた
「あ…もしかして…」
私は3種類の水を用意してマリクの前に並べた
透明なもの、茶色く濁ったもの、赤茶色のものだ
「マリクが飲んでたお水に近いのはある?」
マリクは茶色く濁ったものを指さした後に『こっちも』と言いながら透明な水を指さした
「そっか。じゃぁ前はこっちのお水でお腹も痛くならなかった?」
透明の水を指して尋ねるとうなずいた
「ママやパパが飲もうとしてるのはこのお水なの」
私は透明な水を小さなグラスに少し移してマリクの前に置く
「このお水はマリクが昨日気に入ってくれたおうどんのお出汁にも使ってるわ。でもお腹は痛くならなかったでしょう?」
マリクはうなずいた
「もちろんこのまま飲んでもお腹が痛くなったりしないの」
私はそう言って残りを一気に飲み干した
「おいしいからマリクも飲んでみない?」
マリクはしばらく小さなグラスをじっと見ていたが意を決したように口に運んだ
そして驚いたように水を再びじっと見た
「どう?」
「おいし」
「よかった。じゃぁもう一度聞くね。ご飯の時何を飲む?お水かフルーツミルクかミックスジュース、あとはフルーツジュースくらいしか今は準備できないけど」
「…みず」
「わかった。じゃぁみんなと一緒にお水を飲もうね」
微笑んでそう言うとピッチャーを取り出し人数分の水を用意する
「お水はいっぱいあるから足りなかったら言ってね」
頭をなでて言うと頷いた
ちょうどシチューの準備も整ったため食事を始めることにした
「マリク、パン半分こしよう。どれがいい?」
マリクはかごの中のパンを指さした
ナターシャさんはそれを手に取ると半分にちぎってから片方をマリクのお皿にのせた
大皿に盛られた大量の料理は瞬く間に減っていく
レイとカルムさんは何度もお替りしシチューは全てなくなった
「あれだけ作ってもやっぱりこうなるのね」
ナターシャさんがあきれながら言う
テーブルにあった食べ物はもう何もない
「まだ食えるぞ?」
「それ以上食べなくていいわよ。それでなくても最近食べ過ぎなんだから」
「そうか?」
カルムさんは首をかしげる
「そうよ。上に乗られたら重いんだからね?」
ナターシャさんの言葉に私とレイは顔を見合わせる
もしかしなくても夜のお話だろう
「わかったよ。当分後ろから…」
「カルムさん?マリクの前だからね?」
咄嗟に遮った
「お前ら時と場合を考えて話せよな?お前らの閨事情なんて俺らも聞きたくないし」
レイがため息交じりに言う
「…悪かった」
「そうね。子どもの前でする話じゃなかったわね」
カルムさんとナターシャさんはバツが悪そうに笑ってごまかし話を切り替えた
「それにしてもさっきの水、あと2つは何だったんだ?」
一通り食べつくして満足したのか水を飲み干してカルムさんが尋ねた
「茶色いのは川の水、赤茶色は古い井戸の水」
「川と井戸?」
「可能性で考えてみたの。集落なら古くからあるはずでしょう?生活を維持するためには川か井戸は必要よね」
「ああ」
「マリクが水を飲むものだと認識してたってことは元々飲んでも問題ないものが存在してたはず」
魔物や盗賊の出現を考えれば山の中にある集落だということもわかる
「だとしたら異変が起きたのはスタンピードのせいじゃないかなって」
「前のスタンピードはかなり規模が大きかったしマリクの集落も位置的に被害を受けてたはずだ」
カルムさんが言う
「スタンピードから1年もたってない。山はまだ以前の状態には戻ってないはず。そうなると川には土や普通ならいない微生物が含まれてる可能性もある」
「「「…」」」
3人が沈黙する
「集落が山にあるなら井戸の可能性は低いけど武器が井戸の中に落ちたとしたら、錆を含んだ赤茶色の水になる。それもお腹が痛くなる原因にはなるから」
「…なるほどな」
「まだ幼いマリクにとっての1年は私たちが感じるものよりはるかに長いはずだから、普通に飲めたお水の存在なんて忘れかけてたんじゃないかな?」
「こんなに痩せてるのも成長が遅れてるのも食べれないというより、食べても下してたからってことかしら…」
ナターシャさんがマリクを見る
「スタンピードで被害を受けたなら集落を移すのも難しかったかもしれないな」
「…よしマリク」
「?」
「これからいっぱい楽しい思い出を作ろうな」
カルムさんがマリクを抱き上げた
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