Report45. 羽倉の流儀
カタカタカタカタカタカタカタカタ……
日比谷の研究室からは、絶えずキーボードを打鍵する音が鳴り響く。
当の日比谷はプログラミング言語がびっしりと書かれているPC画面を食い入るように見つめ、その両手は恐ろしいほどのスピードで入力作業を行っていた。
イサミの破損データが送られてきてから12時間。
日比谷は一睡どころか、一回も休憩することなく、夜通しぶっ続けで修復作業に取り組んでいた。
日比谷が座る椅子の背後には、飲み干されたドリンクの缶が散乱しており、様子を見ては秘書AIロボットの
今の日比谷の周囲には、何者も寄せ付けないほどのピリついた空気が漂っていた。
「マスター……。」
そんな日比谷を、775は少し離れた所から心配そうに見つめる。
「日比谷が心配か?ナナコちゃん。」
「……ああ、羽倉様ですか。」
羽倉に声をかけられた775は、露骨に怪訝な表情を浮かべる。
それを見た羽倉は思わず苦笑してしまうのであった。
「そんな露骨に嫌な顔をしなくてもいいじゃない……おじさん傷ついちゃうよ。」
羽倉は泣くような素振りを見せたものの、775はそれを完全にスルーした。
「で、何か私に用ですか?」
「日比谷についてだが、あまり心配しなくとも大丈夫って伝えたかっただけさ。アイツならきっと上手くやるよ。」
「ですが……マスターはもうかれこれ12時間ずっと作業されているんですよ。流石に少し休憩を促した方が良いのではないでしょうか?」
「普通の人間なら、な。ぶっ通しでやってりゃいずれ限界を迎えるだろうよ。だがな、アイツの集中力には底がない。かえって今話しかけるとアイツの邪魔をすることになっちまう。」
「ですが、身体の方も心配です。」
「そこは俺たちでサポートするしかないな。なぁに安心してくれ。日比谷がああいう状態になったのは、何も一度や二度の話じゃない。アイツの子守にゃもう慣れたさ。」
長年の信頼関係から成り立つ羽倉の確信めいた言葉に、775はますます表情を曇らせる。
「……羽倉様は、マスターのことを何でも知っておいでなのですね。」
775は棘のある皮肉を羽倉につきつけた。
「……そうでもないさ。アイツは今、様々な葛藤に苦しんでる。それこそ俺みたいな凡人には理解が及ばないくらいのな。
だが、それでもできる限りの理解はしてやりてぇとは思ってるんだ。」
「できる限りの理解……ですか。」
「天才ってのは常に孤独なモンだからな。周囲との会話のレベルが合わないもんだから常に浮いてるし、空気の読めない発言で場を凍りつかすなんて日常茶飯事さ。」
「……それでも羽倉様はマスターを理解しようとなさるのですか?」
「まあ、そうだな。」
「でも、天才と凡人であることには変わりません。その差が嫌になったりはしないのですか?」
「いやあ、それが不思議と嫌になったことは無いんだよなぁ。」
775の意地の悪い質問に対しても、羽倉はあっけらかんとした態度で答える。
「一体どうして……?」
「多分、そんなことはどうでもいいと思えるぐらいに、俺がアイツに惚れ込んでるんだろうな。」
「惚れ……?はっ!?まさか羽倉様もマスターのことが!?!?」
775は突如として現れたライバルの出現に、驚きを隠せずにいた。
そしてそれを見た羽倉は誤解されていることを瞬時に悟り、すぐさま弁明を試みる。
「いや違う違う!そーいう意味じゃ無いって!アイツの才能にってことね!ナナコちゃんが思っているようなことは全く無いから!」
「……!そうでしたか。すみませんでした、勘違いをしてしまって。」
775は恥ずかしそうにしながら、羽倉に深々と頭を下げる。
「いや、ごめんな。俺も説明不足だったよ……まあ、とにかくだ。日比谷を最初に見た時から、こいつは世界に名を轟かす発明家になると思ってた。
だから早くコイツの才能を世間に知らしめてやりたいっていう気持ちしかなかったよ。」
「それが、羽倉様の原動力になっている訳ですね。」
「恥ずかしい言い方にはなっちまうが、そういうことだな。人を思う気持ちってのは天才も凡人も関係ないだろ?だからアイツがどんな状況になったとしても、俺はアイツの味方でい続けたいと思ってる。」
そう言いながら羽倉は照れくさそうに笑った。
「……素敵な考え方だと思います。」
775が発したのは、羽倉に対する素直な賞賛の言葉であった。
しかし、これに気を良くした羽倉は満面の笑みを浮かべる。
「あれ?珍しく褒めてくれたね?ひょっとして……俺のこと、惚れ直しちゃったかな?」
「~~~っ!少し褒めたら、すぐ調子に乗って!前言撤回です!これ以上ふざけたことを言ったら、また警察を呼びますよ!」
「うわーーーっ!ごめん!ごめんってナナコちゃん!セクハラセンサーだけは勘弁してくれぇーーっ!」
必死の懇願により事なきを得たものの、しばらくの間再び775と距離を置かれてしまう羽倉なのであった。
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