Report30. 天災のハリル part.2

僕ことハリル・ワードニクスの人生は至って順風満帆じゅんぷうまんぱんだった。


ディストリア帝国の名家であるワードニクス家の長男として生を授かり、幼い頃より英才教育を施されてきた。


魔法、勉学、武術…ありとあらゆる分野で、僕はナンバー1だった。

しかも、少しの努力で他を圧倒出来てしまったのだ。


そして、気づいた。


僕は選ばれし人間、王になる器なんだと。


有象無象うぞうむぞう凡愚ぼんぐどもが、どれだけ努力しようとも僕には決して敵わない。

決して敵わないと分かりつつも、無駄な努力をし続ける姿を見るのが滑稽こっけいだった。


そしてまた、そんな凡愚を一蹴してやるのがたまらなく愉快だった。

努力なんかでは、王たる器を超えることはできないという現実を叩きつけた時の快感は何ものにも代え難い……


そうして僕はスクールを首席で卒業し、それと同時に五龍星のポストに就いた。


ディストリア帝国史上初となる異例の大出世だ。


それだけではない。

なんと、僕の元にディストリア皇帝の令嬢との縁談が舞い込んできたのだ!


世界が、僕に王となれと言っているようだった。

これは運命なのだと確信した。


縁談は両家合意のもと、トントン拍子に話が進む。


ディストリアの令嬢であるソニアとはその時会ったことはなかったが、この王たる器である僕を断るなんてことがあるわけ無いだろうと思っていた。


だが、イレギュラーな事態はここで起こったのだ。



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婚約者との初顔合わせの日。


僕の目の前に現れたのは、まだ幼さが残る15歳の少女であった。


立ち振る舞いこそは凛としているが、所詮は見栄だけ。すぐに手篭てごめにすることができるだろう。

僕は内心でほくそ笑んだ。


「あなたが、ソニア・ミラ・ディストリアお嬢様ですね。初めまして、私はワードニクス家のハリルと申します。これから、末永くよろしくお願い致しますね。」


僕は爽やかな笑顔をキープしながら、恭しく右手を差し出した。

王たる器である僕が、ここまで下手に出ているんだ。これに応じない訳がないだろう。


だが──


パシンッ!


この女……事もあろうに差し出した僕の右手を引っぱたきやがった。


「……これは、一体どういうことでしょうか?お嬢様?」


「その汚い手をわらわに向けるな、下郎が。」


下郎だと?僕に向かって言ってるのか、この女は?


フン……この場で今すぐ服従させてやってもいいが、もう少しだけ話を聞いてやろう。


「何か…私に気に入らないところがありましたでしょうか?」


「お主の目には、わらわなど映っておらん。わらわの後ろにある王の地位にしか眼中にないのであろう?」


「そんなまさか……私は誰よりもあなたを愛したいと思っている。そして、私はあなたの夫となるに相応しい人間であると自信を持って言えますよ。」


「随分と…傲慢ごうまんなヤツでもあるようじゃの。初めて会った相手に対して、よくもまあぬけぬけとそんなことを言えたもんじゃ。」


「ハハハ…これはとんだお転婆お嬢様だな。私はね、これからゆっくり愛を育んでいければ良いと言っているのですよ、ソニア。」


「そんなつもりは毛頭無いことを、わらわが気づかぬとでも思っておるのか?このたわけ者。

わらわを王位を手に入れるだけの道具ぐらいにしか思っておらぬのじゃろう?ありありと顔に書いておるわ。」


なるほど……ただのお飾りのお嬢様では無いようだ。

取り付く島も無いといった感じだし、今日は素直に引き下がるとしよう。

なあに、時間はこの先いくらでもある。慎重にことを進めていこうではないか。


いつかは気に入ってもらえるようになれば良い。そしたら王位が手に入る。


僕はそのように楽観的に考えていた。


しかし、が来て僕の計画は粉々に砕け散った。


突如として現れた、自らをワンと名乗る男によって、ディストリア帝国は一夜にして滅んだのだ。


五龍星も総動員で王と対峙したが、誰一人として相手にならなかった。

それほどまでに奴は圧倒的だったのだ。


王はあっという間に城を占拠し、見せしめにソニアの父であるディストリア皇帝を処刑した。

反抗勢力を黙らせるには十分すぎるパフォーマンスだった。


逆らう者は皇帝と同じような末路を辿る。

そんな恐怖心を刻み込まれたディストリア兵たちは、王の前に一人、また一人とひざまづく。


そして、僕もまた屈辱的な気持ちを抱えながら奴の前に跪いた。


だが、僕はまだ諦めていない。

いつか反乱を起こしてその寝首を掻いてやる。


その為に必要なのは、やはりソニアだ。

あいつを反乱軍のシンボルに祭り上げ、有志を募る。

あいつの人望を利用してやるんだ。


そして王座を奪還したあかつきには、今度は僕が王を処刑してやる。


そして、僕が思い描く理想の国を作るんだ。


だから、だから──



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「僕の元に来いいいいいいぃい!ソニアああああああああああああああああああああ!!」


「ソニア、あの男は危険だ。俺の後ろに下がっていてくれ。」


狂ったような叫び声をあげるハリルに対して、イサミは冷静にソニアの前に立つ。


「邪魔だ……!邪魔なんだよお前はああああああああぁ!消えてなくなれよ!偉大なる旋風グレイトフル・テンペストオオォ!」


ハリルが呪文を唱えた瞬間、巨大な竜巻の群れが突如発生し、イサミへと襲いかかる。


「まずい!リーゼ!いけるか?」


その光景を見たソニアは、リーゼロッテに呼びかける。


「はい♪この程度の竜巻ちゃんなら、余裕ですね~」


リーゼロッテは鼻歌交じりに指をパチンと鳴らす。

すると、竜巻の群れは一瞬にして霧散してしまうのであった。


「なんで……なんで、僕の最強魔法が消えちまうんだよぉっ!こいつら魔法が使えないんじゃないのかよっ!クソがぁっ!」


悔しがるハリルに対して、リーゼロッテは人差し指を左右に振る。


「チッチッチッ、違うんだなぁ。こ・れ・は、魔法なんかじゃなくて風の召喚獣である私自身の力なの。ちょっと風の元素を分解してあげれば、こんな竜巻を消すのなんて朝飯前なのよねー♪」


リーゼロッテは退屈そうに欠伸あくびをした。

一方で、ハリルは怒りからワナワナと肩を震わせる。


「ふ…ふざけるなっ!だったら、別の魔法で対抗するだけだ!」


「そんな時間をくれてやると思っているのか?」


イサミは、再び魔法を発動しようとするハリルの背後を取る。


「ひっ……!」


「日比谷流百式奥義其の十二、意識断絶拳いしきだんぜつけん。」


トンっ


イサミはハリルの首の後ろを、右手の側面で軽く叩いた。


「くっ…は……」


ハリルはその場に崩れ落ち、その後はピクリとも動くことはなかった。


地面に突っ伏したままのハリルを指差して、イサミはリーゼロッテに声をかける。


「リーゼロッテ。悪いけど、こいつを城の牢に運んでおいてくれ。目が覚めたら色々聞き出したいことがある。」


「はいは~い。お任せあれ~。」


リーゼロッテは軽い口調で了承し、気を失ったハリルを雑に担ぎ上げると、城の方へさっさと飛び去っていくのであった。


「あのハリルの口ぶりからして、魔法を使えなくする対抗策を持ってきていたか。だがとりあえず今は……」


イサミは、再びガーレンの方に向き直る。


「あいつを止めないとな。」


ガーレンは今や全身が真っ赤に染まっており、今にも光線を発射しそうな状態に入っていた。


「頼むから、間に合ってくれよ。」


そう呟いたイサミは、ガーレンを守るように取り囲むディストリア兵たちの中へと突っ込んでいくのであった。

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