第69話 特別な時間を
12月25日、クリスマス当日。
オレは、千佳と出掛けるため朝は、少し早めに起きた。
なぜなら、今日は少し遠出するからだ。
行き先は、海。
寮からだとおよそ2時間かかる。
そう言えば、遠出するのは、これが初めてかもしれない。
この学校は、夏休み、冬休み、春休みと長い休暇期間でない日に遠くに行ってはいけないというルールがある。
夏休みは、基本、寮で過ごしていたため遠出はしなかった。
まぁ、この学校の生徒は、あまり遠くに行こうとは思わないだろうな。
その理由は、1つ……この寮からは、カフェもあるしショッピングモールもある。
必要な店は、揃っている。
「さて、行くか……」
カバンに必要な物を入れてオレは、自室を出た。
─────────
「またせたな」
待ち合わせ場所である駅前には、すでに千佳が待っていた。
「おはようございます、大山君。私服、カッコいいですね」
千佳は、そう言って、ふっと笑う。
「私服なんて初めて買ったから少し心配だったが、おかしくないならよかった……。千佳も私服、似合ってるぞ」
慣れない言葉にオレは、おかしくないかと心配になる。
「ありがとうございます。実はこの服は、一華さんに選んでもらったものなんです」
「濱野に?」
「はい、一緒にショッピングモールに行った時に、お互いに服を選びあったんです」
「そうか……」
千佳と濱野は、仲がいいのか悪いのかよくわからんな。
「えっと、この電車ですよね?乗りましょうか」
「あぁ、そうだな」
──────────
電車の中は、空いていたため座ることが出来た。
「一樹君、昨日、近藤さんに何か言われませんでした?」
隣に座る千佳は、オレに話しかけてきた。
「言われた。どうせ、千佳が近藤に北原のこと言ったんだろ?」
「ふふっ、そうですよ。私が近藤さんに今まで一樹君が言わなかった情報を伝えました」
「どうしてそんなことしたんだ?」
「それは、もちろん、一樹君のためですよ」
オレのためか……。
「オレのために何かしてくれるのは、ありがたいがあまり近藤を困らせるなよ」
「わかってます。ところで話は変わりますが今、一樹君のお母様は、どうなされているのでしょうか?」
千佳は、オレの母親、大山由美について聞いてきた。
「オレが『フォースプロミス』を出てから会ってないからわからない。最後に会ったのは、2年前だ」
「そうですか。早く助けてあげたいものですね。私も何度か理事長に一樹君のお母様のことをお聞きしたのですが教えてはくれませんでした」
「そうだろな。あいつは、もう家族のことなんてどうでもいいと思ってる。オレなんか道具としか思ってないだろうし……」
オレがそう言うと、千佳がオレの手を握ってきた。
「一樹君は、人間です。物なんかじゃありません。この温もりが人であるというなによりの証拠ですから」
「そう言ってくれてありがとな」
温もりが人である証拠………か。
「あと残り3か月……このまま1位の方を救えないのでしょうか」
「今は、無理でもオレらが卒業した時に救ってやる」
「ふふっ、なんだか物語の主人公のような発言ですね」
─────────
しばらくして、降りるべき駅へと着いた。
降りた駅は、静かであまり人はいなかった。
海へ行くのには、まだバスに乗らなければならない。
なので、駅前に止まっていたバスへ乗り込んだ。
「そう言えば、なんで海に行きたいと言ったんだ?」
昨日の夜、千佳から突然来たメールには、
明日は、海に行こうという内容だった。
「前に私は、海を見るのが好きといいましたよね?だからです。自分の好きな場所に好きな人と行きたかったんです。交流会では、叶いませんでしたので」
「そうだったのか……」
「次は、一樹君の行きたい場所へ行きましょう。どこがいいか考えておいてくださいね」
「あぁ、わかった。考えておく」
──────────
バスから降り、海岸沿いを歩く。
「千佳に渡したいものがある」
「渡したいものですか?」
オレは、足を止め自然と雨野も足を止めた。
カバンに入れていた物を取り出し、千佳に渡した。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。まさか一樹君から誕生日プレゼントが貰えるとは、思いませんでした。開けてもいいですか?」
千佳は、オレの予想以上に喜んでいた。
「あぁ、もちろん」
千佳への誕生日プレゼント選びは、かなり時間がかかった。
なぜなら、人に何かをプレゼントするということは、今回で初めてだったからだ。
「イニシャルのネックレスですか。可愛いですね」
渡したプレゼント千佳のイニシャルのTの形をしたネックレスだった。
「この贈り物は、大切にしますね。好きな人からの初めてのプレゼントですから」
「喜んでもらえてよかった」
「かなり悩みましたか?」
「まぁ、プレゼントなんて選んだことなかったからな」
「真剣に選んでくださったのですね。では、私からは、クリスマスプレゼントを……」
千佳は、そう言ってカバンから何かを出して、それをオレに渡す。
「これは、本か?」
「はい。一樹君、本を読むのが好きということを思い出しまして。その本は、私の好きなミステリー小説です」
「これは、まだ読んでないな。ありがとな、千佳。えっと、クリスマスに何か渡すなんて思ってなくてオレは、何も用意出来ないんだ。ごめん」
オレは、クリスマスプレゼントを用意してないことに対して謝った。
「いえ、いいんですよ。一樹君からネックレスを貰っただけで私は、嬉しいですから。それより少し海岸沿いを歩きませんか?」
「あぁ、歩こうか」
こうしてオレと千佳は、海岸沿いを歩いた。
誰とも会わずこうして二人でいられる時間は、オレにとって幸せな時間であった。
学校では、チームが違うため二人でいることは、かなり少ない。
こうやって堂々と歩けるのこともない。
けど、この場所……顔見知りがいない時間は、かなり特別な時間となるのだった。
─────────
海岸沿いを歩いて10分、オレは千佳とお互いチームメイトのことを話していた。
その後は、昼食をとり、観光スポットに行ったりもした。
「さて、そろそろ寮へ帰りましょうか」
気づけば、夕方の5時になっていた。
ここから寮は、時間が掛かるし、そろそろ帰るべきだ。
「そうだな。今日は、楽しかった」
「私もです。またこうやって一緒に出掛けましょう」
─────────
寮へ着いた頃には、すでに7時を過ぎていた。
千佳と別れた後、オレは、寮のロビーにあるイスに座った。
「濱野に連絡するか」
オレは、スマホを出して濱野にメールを送った。
すると、すぐに返事が返ってきた。
「今からロビーへ行く……か」
メールの返事が早いというならもしかしたらオレから連絡がくるのを待っていたのかもしれない。
数分待っていると、エレベーターから濱野が降りてきた。
「お待たせ」
明るい雰囲気の濱野は、フリフリのワンピースを着て現れた。
「薄着すぎないか?」
「あっ、さっきまで夏服の整理整頓してて……そのまま着ちゃったって感じ」
「そ、そうか……」
そんなに慌てて来なくても……。
「メリークリスマス!大山君!」
濱野は、カバンからマフラーを取り出した。
「マフラー?」
「うんっ!手編みだよ。私からのクリスマスプレゼント!」
「ありがとう。丁度、欲しいと思っていたから嬉しい」
オレがそう言うと濱野は、嬉しそうに笑った。
「喜んでくれてよかったよ。じゃあ、私は戻るね。冬休み中、良ければ遊ぼうね!」
ロビーが寒くて耐えられなかったのか濱野は、そう言ってさっとエレベーターへ乗り込んで行った。
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