第20話 夕食の後で

 舞台を見に来たのだが、お客さんは少なく、ほぼ貸切状態だった。何の舞台かというとよくありそうな話の内容のものだった。


 隣で座る雨野を見ると真剣に見ていた。


「世界を動かそうと思うなら、まずは自分自身を動かせ」


 雨野は、急にポツリと呟いた。


「どういうことだ?」


「古代ギリシアの哲学者、ソクラテスの言葉です。何事も変えたいと思うならまずは、自分自身が動かなければならない、そういう意味です」


「なるほどな……いい言葉だな」


 オレは、その言葉に自分の今の状況にピッタリだと思った。


「大山君は、何か変えたいのですか?」


「まぁ……」


「私は、応援してますよ」


 雨野は、何か呟いたがオレには聞こえなかった。



───────────



「とても感動しましたね」


 雨野は、半分泣きそうな目でいた。涙もろいのか?


「ほんと、千佳は舞台観賞が好きね」


「また見に行きましょうね、穂乃果さん」


「そうね……」


 少し笠音の反応が気になったが、この二人は、本当に仲がいいんだな。


「大山君は、どうでしたか?やはりこういうのはつまらないですよね?」


 つまらなさそうな表情でいたつもりはなかったがどうやら雨野にはそう見えたらしい。


「いや、面白かった。舞台鑑賞は初めて見たがよかった」


「ならよかったです。そろそろ夕食の時間ですし、戻りましょうか」


 オレと雨野、笠音は、宿泊場所まで戻ることにした。



───────────



「大山くんこっちだよ~」


 食事する場所へ向かうと北原が手を振ってオレを呼んだ。

 オレは、北原のいる方へ向かった。


「チームのみんなで食べよ」


「あぁ……」


 オレは、空いていた席に静かに座った。


「あなたどこに行ってたの?こんなに遅くまで」

隣に座っている近藤は、オレに尋ねた。


「友人と舞台鑑賞をしていた」


「へぇ~それは良かったわね」


 聞いといてその反応はないだろ。


「よし、大山もそろったことだし食べるか」


「そうだねっ。では、いただきます!」


 さすが、夕食も豪華だな。普段食べないものが机の上にある。


「一樹君……私、しいたけが嫌いなのですが……」


 隣から山野が小さな声でオレに話しかけてくる。


「オレが食べようか?」


「いいんですか?」


 山野は、パッと明るくなる。


「あぁ……だが、一つぐらいは自分で食べるた方がいい。好き嫌いはよくないからな」


「ありがとうございます、一樹君」


 山野は、オレの皿にしいたけを2つ箸で置いた。

 それにしても下の名前で呼ばれるのは、まだ慣れないな。


「そういえば山野。松原とはどうしたんだ?」


「上手くやってますよ」


「それならよかった」


「心配してくれたんですか?」


「まぁ、チームメイトが危ない目に遭うのは、嫌だからな」


 オレがそう言うと山野は、驚いた顔をしていた。


「意外です。一樹君は、仲間思いな方だったんですね」


「そうか?」


「はい。そう思います」


 オレは、いつの間にかチームメイトのことを大切に思い始めてたのか……。自分では、気づかなかった。オレも変わったのだろうか。



──────────



 夕食を終え、オレと江川、北原、近藤は、外に出て海の近くを歩くことにした。山野は、松原と約束があり、椎名は、疲れて部屋へ帰っていった。


「いや~美味しかったな」


 江川は、そう言ってオレの肩に手を置き体重をかけてきた。


「江川、重いからやめてくれ……」


「え~いいだろ~」


 いや、本当に止めてほしいんだが……。


「仲いいね。二人とも」


 北原は、オレと江川を見て笑顔で言ってくる。


「あぁ、オレら親友だもんな」


「そうなのか? オレは、江川のこと親友なんて思ったことないぞ」


「なんだよ、オレだけがそう思ってたのか」


 少しいいすぎたか……。ここは、言い直そう。


「いや、親友というか江川とは、友達だ」


「そ、そうか。確かにまだ親友までの仲はなかったな」


 難しいな……友達や親友の定義って……。


「あっ、三条君!」


 北原は、偶然前から歩いてきた三条に手を振った。


「なんだ、北原か。チームで仲良く散歩か?」


 三条の質問に対し、北原は、明るく答える。


「そうだよっ。三条君も?」


「オレらは、向こうで遊んでただけだ。なぁ、

豊田」


「えぇ、そうよ」


 隣で豊田は、頷く。


「ん? 三条君、後ろにいる子は、チームメイト?」


 北原は、三条の後ろにいる女の子を見た。


「あぁ、そうだ。こいつは藤村雅ふじむらみやびだ」


「初めまして、藤村雅と申します」


 礼儀正しい人だな……。


「うん、よろしくね、藤村さん。私は、北原美波だよ」


 さすが、北原。初対面の人とも緊張せず普通に接している。


「お前が近藤彩沙か。三回連続2位の」


 三条は、そう言って近藤に近づく。


「えぇ、あなたは3位の三条君ね」


「覚えているんだな。てっきり、下の奴の名前は覚えてないかと思ったよ」


「あなたのことは、ライバルだと思ってるから名前は覚えてるわ」


「ライバルだと思われるのは、嬉しいな。次のテストは、雨野に勝つつもりか?」


「勝ちたいけれど雨野さんは、いつも私より上を行く人……簡単には、無理よ」


「そうだな。オレは、まずは近藤に勝つ。その後に雨野を……気を抜くなよ」


 そう言って三条は、豊田と藤原と共にオレ達の横を通って行った。


「私、あの人苦手だわ」


 近藤は、一人小さく呟いた。確かに、近藤が苦手そうなタイプかもな。



────────────



 宿泊場所まで戻りオレは、自分の与えられた部屋へと一人歩いていた。帰る前にお茶でも買うか。

 

 エレベーターの近くに自販機があることを思いだしオレは、向かう行き先を変えた。エレベーター付近に近づくと誰かが会話している声がした。


 あれは、武内か……。誰かと電話しているようだった。自販機は、諦めて帰るか。そう思い、背を向けると後ろから武内に肩を掴まれた。


「自販機に用があったんじゃないか?」


「まぁ……」


「ん? まさかオレが電話してたから気まずくてここを通れなかったとかか?」


「その通りだ……以前、盗み聞きと言われたからな。誰かが会話しているときはなるべくその場から離れるようにしてるんだ」


「そうか。けど、さっきの電話の相手は笠音だ。たいした話しはしてねぇよ」


「情報共有とかか?」


「まぁそんなところだ」


 やはり、1位のチームがやることはよくわからない。情報共有ならチーム全員が集まってすればいいはずなのに。


「じゃ、またな、大山」


「あぁ、うん………」


 立ち去る武内を見送り自販機で飲み物を買うのだった。

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