第27話 上に立つ者の贖罪 2

なおもジュリアンが続ける。


「わかっておくれ、コルデリア。ことは、僕らだけの問題ではない。ロタリンギアと、そして、レメニー河東側諸国の平和と独立の為に。軍事帝国スパルタノスに、好きなように振舞わせてはならない。僕に、何ができるかはわからない。なにもできないかもしれない。けど、せめて、戦場で死にたいんだ。それが、王族として生まれた者の免罪符だと思う。何世紀にも亘って搾取してきた民らへの、せめてもの贖罪なんだ。僕は、どうしても、戦争に行かなければならない」


わたしは絶句した。震えながら、声を振り絞った。

「戦争に行くために、わたしと寝るというの?」


「違うよ」

血の気の失せた土色の顔で、彼は首を横に振った。

「君のことを愛している、コルデリア。君の願いなら、なんでも叶えてあげたかった。だから、今まで、我慢してきた。君への愛を! ……でも、これだけはダメだ。僕は、ロタリンギアの王子だ。国を護らなければならない」


実のところ、ジュリアンの話はよくわからなかった。免罪符だの、贖罪だの。まるで、王族が悪いことをしてきたみたいだわ。

それともジュリアンは、王族であることに、罪悪感を感じていたのだろうか。だから、身分違いのエリザベーヌなんかに、真実の愛を捧げたのか。

でも、今はもう、そんなわけのわからない罪悪感は不要だ。だって……。


「あなたはもう、王の後嗣じゃないのよ? あなたはただのカエルだわ」

「だからだよ!」


悲鳴のような声で、ジュリアンは叫んだ。


「お願いだ、コルデリア。わかってほしい。僕は、人間の姿に戻らなくちゃならない。そうしなければ、剣を取れない! 祖国の為に、戦えない!」


呆然と、わたしは立ち尽くした。


「君に対して僕は、絶対に許されないことをした。婚約を破棄して、取り返しのつかない傷を負わせた。けれど、コルデリア。僕は、君のことだけを考えて生きていくわけにはいかないんだ。王族として、国を護らなければならない。君がモランシーの為に、魔術の鍛錬に励むように。イヲが、母国復興の為に、財産を積んだ馬車に乗って大陸中を逃げ回るように。僕は戦う。祖国ロタリンギアの為に!」


不意に、ためらいがちになった。

「ロタリンギアと、、だ」


きりきりと、わたしは歯ぎしりをした。

「なら、わたくしが、ロタリンギアの守護をしますわ! モランシーはフェーリアに任せて。それならば貴方も、ロタリンギアに残れますでしょ」


「それはダメだ。わかってるだろ?」


ジュリアンが何を言いたいか、すぐにわかってしまった自分が悲しい。

結界を張ろうとして、巨大な溝を穿ち……それも敵軍の後方に。

逃げ出したオウムの捕獲に失敗し、そのオウム先生による守護魔法のテストに、一度も合格点を貰ったことがない。


気遣うような優しい言葉を、彼は継いだ。

「ありがとう。ロタリンギアを守護してくれようとする君の気持ちは嬉しい。でも、僕は、王子だ。王子は、国の為に戦わなくてはならない」


同じように、領民を持つ者として、彼の気持ちは、痛いほど伝わった。ジュリアンは、自分の義務を遂行しようとしている。




その晩、わたしは彼を、水槽に入れなかった。







翌朝、わたしは、金髪碧眼の美しい青年の腕の中で目を覚ました。







「これを、君に」

朝食が済むと、彼は、薄い小さなものを、わたしに手渡した。


「何? これ」

「脱皮した皮だよ。人間になる前の、最後の」

顔を赤らめ、金髪碧眼の美しい青年は答えた。


よくよく見ると、薄い皮は、完全に、昨夜までのジュリアンの形をしていた。

脱いだ皮を食べてしまうのは、カエルの本能だと彼は言っていた。本能に逆らってまで、食べずにとっておいてくれたなんて……。


「君は、を好きでいてくれたから。だから、これを僕だと思って、大事にしていてほしい」


そこまで言うと、赤味がかっていたジュリアンの頬が、すうーっと白くなった。何か、真剣なことを言おうとしているのだ。


「僕は、人間の姿に戻ってしまったけれど。君にとって、本意ではなかったかもしれない。でも人間に戻ったのは、僕が、君を好きだという証だよ。誰よりも君を、愛しているから。だって、これは、そういう魔法だろう?」


わたしは考えこんだ。ジュリアン自身が、思いを寄せている人に受け容れてもらわなければ、この解毒魔法は、効果を発揮しない。

ゆうべ、彼をベッドに入れたのは、わたしだ。

今、彼が、人の姿に戻ったということは……。

もしかしてわたしは、真実の愛を、ジュリアンから与えられたということ? 

エリザベーヌではなく、このわたしが、……ジュリアンの愛を。


「ジュリアン。ええと。あなたは、わたしを愛しているの?」

それだけ尋ねるのに、膝ががくがく震えた。


「もちろんだよ!」

ジュリアンが即答する。


「こんなに、あの、美人じゃなくて、巨乳でもないわたしを? モランシー公女だくせにろくに魔法が使えない、オツムがアレで、性格も歪みきってる、このわたしを!?」


「何を言ってるんだ、コルデリア」

怒った声が聞こえた。

「君は、ステキだ。君は優しく賢い。もし、君の悪口を言うやつがいたら、僕は、そいつに決闘を申し込む。そして必ず、殺す」


なにがなんだか、わからなくなった。こんな風に言われたのも初めてなら、自分のことを褒められたのも、初めてだったから。


「君はもっと、自分を大切にしてあげなければならない。だって君には、最高の価値がある。それを自ら貶めるようなことは、しないでほしい」

強く、わたしを見つめた。

「約束しておくれ」


青い目に射すくめられ、何も考えられなくなった。気がついたら、わたしは頷いていた。

そうか。自分を大切にしてもいいのか……。


「必ず帰ってきてくれる?」

それだけが、願いだった。


ずっとそばにいて欲しい。前にわたしはそう望んだ。でもそれは、カエルのジュリアンにだ。今、同じことを望んでいる。

人間のジュリアンに対して。


彼は何も言わず、わたしを抱き寄せた。







人間の姿に戻ったジュリアンは、ロタリンギア国境の戦線へ旅立っていった。








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