第3話


「僕にとっては大きなことなんだ。みんな僕が小説を書いてると笑う。自分の頭の中にある物語を形にするのが好きだから書いてるだけなのに。それなのにみんな否定してくる。小説家になれると思ってるのか。そんなの才能のあるたった一握りだぞって。僕は小説家になりたくて書いてるんじゃないのに!」


 そこまで一気に言い切った後、宮崎さんは自分が叫んでいることに気付いたらしい。大声を出したことを私に謝った後、普段の声量で話を続けた。


「君が小説を書いている僕の方を見ているのに気づいたとき、僕はいつもみたいに何か言われるんじゃないかって思ってた。でも何も言わなかった。笑われたり馬鹿にされたりばかりだったから、初めて小説を書くことはおかしなことじゃないって認めてもらえた気持ちになった。とても救われたんだよ、君に」


 「君にきみに救われた」だなんて何度言われても、自分が救っていたなんて実感はわかない。自分に都合のいい夢を見ているのではないかとすら思える。


「僕は君に価値があるかないか決められるほどえらい存在でも何でもないから、君に価値があるかっていう質問には答えられない。でも覚えておいて欲しい。君に救われた人間がここに居るっていうこと。それに、君と話すのは楽しいから。読んでいる本や漫画、これが同じ人って意外といないんだよ。これは君が聞きたかった答えになるかな」


「うん、ありがとう。こんな私が宮崎さんを救うなんてことできたなんて信じられないけど、宮崎さんは嘘つかないから。それに、私も宮崎さんと話すの楽しいからよかった」


 17時を知らせるチャイムが鳴り響いた。話し込んでいるうちにいつの間にか歩くスピードが落ちていたようだ。このチャイムはいつも家で聞いているから、いつもより帰宅が遅くなってしまったことが分かった。


「早く帰らなきゃお母さんが心配しちゃう。また明日!」


 宮崎さんは慌てながらも嬉しそうにそう言って、まっすぐ通学路を走って帰っていった。その姿は夕日に照らされて、輝いて見える。いや、もしかしたら、帰宅が遅くなると心配されると当たり前のように、親を信頼できる健全な関係が羨ましくて輝いているように見えたのかもしれない。

 

 宮崎さんと話して、いつもはもらえないような言葉を貰って、胸が躍ってポカポカ暖かくなっていた心と体から、すっと熱が引いたような気がした。それでも暖かさはまだはっきりと感じられるほどには残っている。


「私も早く帰らなきゃ」


 といっても家はもう屋根だけだが見えている。目の前に見える脇道に入って2件目。グレーの屋根の家だ。


 宮崎さんと一緒に歩いていた大通りから、脇道に入って玄関の前まで小走りで行き、大きな音を出さないようにゆっくりと静かにドアを開ける。


「遅かったじゃない」


 玄関を開けた先には、怒りを隠そうとせず明らかに不機嫌であると分かるお母さんが、腕を組んで待ち構えていた。


「こんな時間まで何してたの?」


 お母さんは、私をにらみつけながらそう言う。そこには強い暴力の気配が漂っていた。  

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