悪役令嬢は星に誓う!
こま猫
第1話 ゲームの世界であることを思い出す
「上様……?」
その時、わたしは思い出した。前世の記憶というものを。
ごく普通の日本人だった自分のことを。
まるで電流が流れたような、という表現があるけれど、まさにそんな感じだった。前世の記憶が奔流のように頭の中に暴れ狂い、今の自分の自我すらも呑み込んでいくかのような感覚を味わった。
昔。
平凡な日本人だった自分の名前は、村瀬乃愛といった。
会社員だった父親とピアノの講師だった母親を持つ、普通の家庭に育った平凡さの塊、それがわたしだ。
ピアノの講師だった母親はとにかく音楽が好きで、活動的な人だった。家の近くにある市民文化センターのコンサートホールには、クラシックコンサートから演歌歌手、アイドルグループまでやってきていたから、気になるコンサートは必ず行くようにしていたみたいだ。
それで、巻き添えをくらったのがわたし。
小学生に上がったばかりのわたしは、母に「絶対に楽しいから!」と連れていかれたのだ。何だか知らないけど、上質な音楽には幼い時から触れておくべき、というのが母の信念だった。
わたしはその頃、魔法少女とかのアニメとかにしか興味がなかった。小学校高学年くらいになれば、アニメよりも美少年アイドルとかに興味を持ち始めたんだろうけど、そこにたどり着く前のこと。
わたしも行くのー? とか言いながらついて行った記憶がある。家にいてテレビを見たかったな、なんてことも考えていたような気がする。
まあ、実際に行ってしまえばホール内にはたくさんの人がいたから、テンションが上がって楽しくなってしまったけど。非日常の光景って楽しいものね。
そこで性癖――この表現はおかしいかな?――が決まってしまった。
わたしが連れていかれたのは、その頃、もの凄く人気のあった男性のコンサートだ。時代劇の主役ならこの人! とも言うべき、勧善懲悪の世界の『正義』の象徴。お殿様とか上様とか呼ばれる役をする人だった。
しかもその人、派手な着物を着て歌って踊る、アイドル的な人でもあった。芸名は岡嶋丈一郎、ジョウ様とも言われていた。
ステージ上でくるくる回るミラーボール、ノリのいい音楽、何十人もいるダンサー。
観客席にいるのは年配の女性が多かったけれど、多くの人がうちわを振ったり、黄色い声を上げている。そんな空気も楽しかった。
で、気が付いたら周りの女友達がアイドルにきゃーきゃー言い始めている頃、わたしは『上様』にきゃーきゃー言う、残念な小学生になっていたわけだ。
上様が出ていた時代劇は録画して絶対に見たし、CDも母に買わせた(わたしはお小遣いが少ないからね!)。歌に合わせたダンスがあるならそれも覚えた。
すっごくすっごく好きだった。
年を重ねると、上様だけじゃなく他のアイドルグループだったりクラシックだったり広く浅く好きになったけど。でも、やっぱりわたしの根源というか、起源というか、そういうのは上様から始まっている。
そして今。
自分が淑女教育で教えられたとおりのカーテシーをして、顔を上げた瞬間に見えた顔。それは、前世でやったことのあるゲームの登場人物。
年齢は五十歳くらい、整った柔和な顔立ち、綺麗に整えられた短めの金髪と鮮やかな青い瞳。それに何より、手の指先から足のつま先まで気品さの塊とも言える物腰。彼のゲームの中での彼の名前は、エルネスト・シルヴェストル。この国の王である高貴な方だ。
「フランセット・クローズ嬢。よく来てくれた」
そう優しく微笑んでくれた陛下は、わたしが好きだった上様にとてもよく似ていた。顔立ちも振る舞いも。
その理由はよく解っている。
今、わたしが生きている世界は『ゲームの世界』なのだ。
わたしが高校生になった頃、フリーゲームというのが流行した。インターネットで検索すると、無料でダウンロードできるゲームがたくさんあった。それがフリーゲーム。
ジャンルは色々あった。
RPGだったりノベルゲーム、シューティング、ホラー、なんでもござれである。
そんな無料で遊べるゲームの中の一つ。『光の乙女とガーディアン』というタイトルの作品。
主人公の少女が謎の敵の攻撃を逃げながら冒険して、何人もいるイケメン男子と恋をしたりする、よくある内容のやつだった。
でもそれは日本人が作ったゲームで、遊び心が色々なところに紛れていた。それが登場人物のデザインもそう。恋の攻略対象であるイケメン王子の父が、上様を元にしたと思われるキャラデザをしていたのだ。
いわゆるネタキャラである。
だからわたしも興味があって、そのゲームを遊んだ。
残念ながら上様の攻略ルートはなかったけど、結構面白かったんだよね。基本はコメディっぽいストーリーだったけど、ギャグ要素もホラー要素もあった。シューティングゲームみたいな対戦がたくさんあって、後半にいくごとにどんどん難しくなっていった。無料でも最近のゲームって凄いな、と思った。
そんな世界にわたしは生まれ変わっているらしい。上様がさっき呼んでくれた通り、フランセット・クローズという名の少女として。
不肖、このフランセット・クローズ、現在七歳、王城に呼ばれてこうやって挨拶をすることになったのだけれど。
わたしの立ち位置は悪役令嬢なのだと思い出した。
わたしは主人公の少女の敵となる悪女。
まっすぐで美しい黒髪と黒い瞳、狐のように吊り上がった瞳、幼い頃から見事に赤い唇、どこからどうみても悪役っぽい美少女のわたし。
ゲームの中のわたしは主人公を虐め、嫌味を言い、理不尽な攻撃を仕掛けてくる。そして主人公は正々堂々戦うのよね。
「クローズ侯爵令嬢?」
「え、あ。こ、光栄でございます……」
そこでわたしは我に返って、淑女教育なんか頭から吹っ飛ばして勢いよく頭を下げた。
だって、だって!
テレビとステージ上でしか見たことのない、上様が目の前にいらっしゃる! ゲームの中で、登場人物は基本的にドット絵で描かれていてディフォルメされた可愛らしさがあったけれど、重要なシーンは美麗な立ち絵が出てきていた。そのイラストももの凄く綺麗だったんだけど。
やっぱ、実物は違うわあ!
生きて動いている!
上品さの塊、高貴さの結晶が!
ここに色紙があればサインをもらったかもしれない。うちわを振りたい。アクキーが発売されていたら絶対買ってた。陛下は歌は得意なんだろうか。わたし、背後で踊るけどな!
そんなことを頭の中でぐるぐる考えていると、小さな笑い声が響いた。
「緊張しているのだろうか。今日は、私の息子との顔合わせなのだが……」
そうでしたー!
わたしはまた、ぐいん、と頭を上げた。
わたしは悪役令嬢で、しょせんは主人公に対しての引き立て役である。
そして主人公の恋の相手、キラキラ系の王子様がこの王城の中に存在していた。わたしはそんなキラキラ王子様の婚約者となるのだ。一応だけどね、一応!
王子様の名前はディオン・シルヴェストル。主人公の恋の相手としては、いかにも王道的なルート。サラサラストレートの金髪、冷ややかに見える瞳は主人公に向けられる時だけ優しくなる。ゲームの中でも上位クラスのイケメン。
まあ、今、わたしの年齢は七歳。
そして王子様はわたしと同い年のはず。将来的にはキラキライケメンだけど、まだ子供だ。
「ディオンです。初めまして」
上様――もとい、シルヴェストル国王陛下のすぐ横に立っていたチビッ子が可愛らしい微笑みを浮かべながらわたしを見つめている。大きな広間にある玉座の傍、周りには護衛の騎士が控える中のことだった。
「初めまして、よろしくお願いいたします」
何とか今のわたし、フランセット・クローズ侯爵令嬢としての礼儀を思い出して頭を下げた。
相手は幼いながらも、将来有望だと思える顔立ちをしていた。外国のファッション雑誌のキッズモデルみたいに、お人形さんみたいに綺麗な男の子だった。
でも。
前世の記憶を思い出して、そこそこの精神年齢に育ってしまったわたしには、全くそそられないというか。
もっと大人になってから出直してきやがれ、としか思えなかった。
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