僕が勇者を続ける理由 ~見えないあなたへの想いは報われない~

夜炎 伯空

序章 プロローグ

第1話 突然、神なんて言われたら怪しく思うよね。それにしても、どうしてウルクは記憶を失ってしまったんだろう? 異世界リゼラミアに召喚した時のショックとか? わ、わたしのせいじゃないよね。たぶん……

『……て』


 ん?


『……きて』


 誰かの声?


『起きて』


 誰かの呼ぶ声が、何度も脳にこだまする。

 男性か女性かは分からないが、透き通るような優しい声だ。


 どのくらい寝ていたのだろう?

 身体が重い。


 ようやくうっすらと目を開けると、陽の光が目に飛び込み、少しずつ視界がはっきりとしてきた。

 

 どうやら、僕は地面に横たわっているようだ。

 徐々に身体の感覚が戻ってきたのを感じ、ゆっくりと身体を起こす。


「うぅ。頭がくらくらする」

 

 意識は相変わらずぼやけているが、ようやく目をしっかりと開くことが出来た。

 辺りを見渡す。


 ……森の中?

 一面が木々に覆われている。


 ここはどこなんだ?

 それに、僕は誰なんだ?

 

「もしかして、これって、記憶喪失?」


 よく分からないこの森のことも気になるが、自分に関することを何も思い出せない方が一大事である。


 思い出そうとしても記憶がない。

 まして、ここがどこの森の中かなんて知る由もない。


 森の出入り口付近であれば、直ぐに出られるが、見渡す限り木々が連なっている。

 どの方角を見ても同じように見えた。


「これはまずくないか……」


 状況を冷静に分析すればするほど絶望的であることに気付かされる。

 『死』という言葉が頭を過ぎり、背筋に凍るような感覚が走った。

 

『目が覚めたみたいですね』


「!?」


 突然、どこからともなく声が聞こえてきた。

 先ほど僕を起こしたあの声だ。


「誰?」


 その声は迷いなくこう告げた。

『私は、この世界の神です』


 ……いやいや。

 いくら記憶喪失だからって、そんなこと信じるわけないでしょ。


 とはいえ、ついさっきまで絶望の真っ只中にいたのだ。

 ちょっと変な人だったとしても、誰かがいてくれることだけでもよしとしよう。


「えーと、その神様は、今どちらにいらっしゃるのですか?」


『私は、どこにでもいますが、目では見えません』


 あ、そういう設定なのか。

 それなら……


「分かりました。それでしたら、声だけでも構いません。この森から出る方法を教えていただけませんか?」


 結果的に、森から無事に出られれば、声の主が誰だろうとどうでもいい。


『はい、ここはラムラグの森の中心部ですが、この森を出る最短の方角は西北方向です。距離は徒歩で三日ほどかかります』


「三日!?」

 

 そんなに森の奥にいるのか……


 でも、こんな所まで僕はどうやって来たんだ?

 それに、この声の主は、こんな所で何を?


『森の案内はできますが、今、ウルクは何も持っていない状態です。このままでは生きて森を出ることは難しいかもしれません』


 ……ウルクって、もしかして僕の名前なのか?

 この人は僕のことを知っている?


 それに生きて森を出ることが難しいって、神なら助けて欲しいんだけど。

 

「名前を知っているみたいですが、あなたは僕の知り合いなんですか?」


『ウルクの知り合いではありません』


 え、知り合いじゃないの?

 あ、そうか、神として何でも知っているという設定なのだろう。


「そうなんですね。僕、記憶を失ってしまったみたいで、どうして森の中にいるのかも分からないんです。神様は、何か知っていますか?」


『ウルクは、別の世界からこの世界リゼラミアに、私が召喚しました。記憶まで失われた原因は分かりませんが……』


「別の世界? 召喚?」

 

 ということは、僕のいた世界から見ると、ここは「異世界」ということになるのか?


 とはいえ、元の世界にいた時の記憶がないので、比較のしようもないが……

 そもそも、この話が本当の話なのかも分からない。


 それと、今、「異世界」という言葉が頭に浮かんで来たということは、前に居た世界の“記憶”はないが、どうやら“知識”は残っているようだ。


「神様が召喚したのでしたら、こんな森の中に召喚しなければ、簡単に森を出られたと思うのですが?」


『それに関しては、本当に申し訳ありません。召喚時には、巨大な光の柱が現れてしまいますので、人目のつかない、この森の中に召喚するしかありませんでした』


「なるほど……って」


 この世界にも事情があるかもしれないが、召喚される側としては、理不尽この上ないな。


『その代わりとなるかは分かりませんが、ウルクには二人の精霊を授けたいと思います』


「精霊?」

 

 精霊って、よくファンタジー系の物語に出てくる、あの精霊?

 

『火の精霊ファライア、水の精霊ミューリアス、ここへ』


 女神が、名前を呼ぶと火の塊と水の塊が目の前に現れ、やがて小人に近い姿へと変化した。

 二人とも身体は宙に浮いている。


「ウルク殿、私は火の精霊ファライアです。今後は、ウルク殿に仕えさせていただきます」


「ウルク様、私は水の精霊ミューリアスです。今後は、ウルク様に仕えさせていただきます」


 ……何これ?

 夢?

 

 記憶は失われているが、経験のないことなのだろう。

 身体が身震いしている。


 記憶がない、場所も分からない、そして今まで見たことない精霊達、ただただ未来への不安が僕の中でつのっていた。

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