第22話 光のゆくえ
ある日、酷な決断を下した女性の元に希望の光が差し込んだ。
浩司30歳は、妻と2歳になる息子が観戦するラグビーの試合中に、強力なタックルを受け、意識不明となり病院へ運ばれるも、意識は戻らず植物状態のまま6年が経過していた。
妻は毎日病院へ通い、眠っている浩司に話しかけて奇跡を願ったが、結婚から10年の節目で夫との別れを決意し、延命装置を外してもらう決断をした。するとその矢先、応募していた抽選枠タッチ当選の知らせが届き、希望の光が差し込んだ。妻と8歳になった息子は喜び、すぐにでもタッチしてほしいと願い出たが、さらに酷な決断を迫られることとなった。
審査部で入念に審議した結果、浩司はもともと先天性心疾患があったことが分かった。幼い頃から続けていたラグビーで体力が付き、何とか体内のバランスを保つことができ、成人まで健康体として維持できていた。ここで不用意に、先天性の疾患を治すことのできないタッチをしてしまい、体力のない現在の状態で意識が戻ると、急に活動量が増えて体が耐えられず、もって3時間で亡くなってしまうということが分かった。妻に差し込んだ希望の光は、また厚い雲に覆われてしまった。
回りの人たちからは、目覚めても彼が酷だからこのまま逝かせてあげたらどうかという意見もある中、悩んだ妻はそれでもタッチしてほしいと決断した。
数日後、浩司が入院していた病院でタッチが行われた。浩司は目覚め、妻と会話をした。意思を疎通して会話できる喜びで妻は泣いた。
試合中に倒れた事。6年間眠っていた事。その間、妻が支えていた事。未知の力で眠りから覚めた事。そして残り3時間の命だという事。全て説明するも、多すぎる喜びと悲しみとで感情が整理できない浩司。
浩司は考えてもきりがないと思い、8歳になった息子を見て、大きくなったと喜んだ。息子は父親との記憶はほぼ無いため、よそよそしい態度で素直に甘えることができないでいた。
浩司は妻と二人にしてほしいと言い、息子を浩司の親に任せて病室から退室してもらった。浩司は妻に、息子のためにビデオを撮ってほしいと言った。浩司は大きくなっていく子供を想像して、妻が構えたスマホのレンズに向かって語り始めた。
「12歳の君へ。部活動は何をしてるのかな?パパはちょうど12歳からラグビーを始めたんだ。仲間と一緒に汗と涙を流す最高のスポーツだよ。辛いことがあっても、お互いを支えて乗り越えることができ、楽しいことは仲間が多ければ倍々に増えるんだ。
16歳の君へ。もう彼女は出来たのかな?パパはママという最高の女性と出会えてとても幸せだった。今後もし、ママにいい人が現れたら応援してあげてほしい。
20歳の君へ。これが最後です。成人おめでとう。君をここまで育ててくれたママへの感謝を忘れないで。さようなら。
そして愛する妻へ。息子を育ててくれてありがとう。僕と出会ってくれてありがとう。先に逝ってしまってごめんね。あっちの世界からずっと見守るよ。さようなら」
撮影していたスマホを置き、浩司にもたれて泣き崩れる妻。今までと、これからの苦労を謝る浩司であったが「逝く前に少しでも話をさせてくれてありがとう」と妻に感謝の言葉を口にした。
連絡を受けた大学時代と社会人時代のラグビーチームメイトが、病室の窓から見える駐車場に集まり、険しい顔で力強く『ハカ』を披露した。彼らは浩司との別れに深い悲しみを表すと同時に、旅立つ仲間を鼓舞した。
数分後、晴れ渡る空から日の光が病室に降り注ぐ中、浩司は妻と息子と両親に見守られながら、その生涯を閉じた。
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