第2話 命を懸ける理由

 ある日、タッチの外交枠があることを知った総務省の外局である消防庁の長官から公益財団法人イカロスの理事長である真千子まちこへ電話で相談が寄せられた。内容は、山岳救助隊員の武志たけし42歳が任務中、猛吹雪の山中で滑落し、四肢凍傷による壊死のため切断の診断が下された。そんな彼を治してくれないかとの相談であった。長官肝いりで公務災害防止キャンペーンを始めたさなかの出来事で、自分の顔に泥を塗ったと不機嫌そうにお願いしてきた。長官の横柄な態度と自分中心の考え方にあきれて、あまり気は進まなかったが、真千子は了承し、タッチ施術者である弟の淳史あつしを連れて病院へ向かった。二人はその移動の車内で、真千子のメールに送られてきたこの事故の報告書を読むこととした。


 晴天の中、上級者コースを進んでいた登山客が誤ってルートを外れてしまい遭難した。連絡を受けて救助に向かったのは山岳救助隊の武志隊長と隊員4名。険しい雪山を進み、足を骨折した遭難者を見つけたところで天候が急変し猛吹雪となった。救助隊員は遭難者を担架に乗せ、ザイルで互いに体を結びあい下山した。

 しばらくすると、初任務に就いていた新人隊員がバランスを崩して崖下に落ちそうになった時、武志隊長は身代わりとなって滑落してしまった。その時、隊を巻き込ませまいと自らザイルを切って落ちていったため、遭難者と隊員4名は救われた。直後、崖下の武志から無線が入った。


「自分は大丈夫だから要救助者を優先して下山しろ」


隊員たちは隊長の命令に従い、遭難者と隊員4名は無事下山し助かった。隊員らは詰所で武志の帰りを待つもなかなか戻らない。天候はさらに悪くなる。数時間がたち、武志から無線が入った。


「天候回復まで雪洞を掘ってピバーグする」


 その無線を最後に連絡が途切れてしまった。さらに数時間がたち夜が明けたころに嵐が去り、武志隊長を救助するべく、大勢の隊員がヘリコプターで現場へ向かった。武志に近づけば音を出して知らせてくれるビーコンを頼りに全隊員が一斉に探しはじめた。しばらくして、見事発見し間一髪救出されるも重度の凍傷となってしまっていた。


 報告書を読み終えた淳史は、ドライバーに病院へ急ぐようせかし、隣に座っていた真千子の顔を見つめ、何かを言いたそうにしていたが言葉にならない様子でいた。そんな淳史を見て、真千子は電話を取り出し、先ほど電話をもらった長官へ電話をした。


「今すぐタッチするわ。その代わりあなたも今すぐ彼へ

最高の栄誉である消防庁長官表彰特別功労章を与えるべきよ」


そうすごむと、長官は渋々了承した。


 淳史が病院へ到着し無事タッチがなされ、武志の四肢は正常に治った。すると武志はベッドから起き上がり屈伸をして自分の体が元の状態に戻っていることを確認すると、早速任務へ戻ろうとした。淳史は、なぜ重大な事故にあっても仕事を続けられるのか武志に聞いた。


「私が人を助けることによって、(手のひらを上に向けながら淳史を指して)

私も誰かに救われている。そんな世界が好きだから。」


 そのやり取りを見ていた真千子は、過去に淳史が体験した悲劇で凍ってしまった心を、武志の情熱が溶かしてくれることを期待していた。

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