星になる
大谷寺 光
序章
Opening
──────
TOKYO-WAVE 764をお聞きの皆さま、今晩は。女優の寺島菜々子です。
この番組『WONDER MUSIC』は、様々なジャンルからチョイスされた人間が月替わりでマンスリープレゼンターを務め、番組をナビゲート致します。毎週木曜の深夜25時、素敵な音楽をご紹介しつつ、その音楽を作ったご本人との楽しいひと時を生放送でお届けします。
そして今月は私、寺島菜々子がプレゼンターを担当させて頂いております。
今日で三回目なんですが、これまで小林ゲンポーさんと後藤政二さんにお越し頂き、お二方とも音楽にまつわる沢山の話を聞かせて下さり、本当に楽しい時間でした。
三回目の今日はバット・トーキング・バッドのボーカル&ギター、サクさんをゲストにお迎えして、深夜の音楽座談会をお届けしたいと思います・・・
・・・と言いたいところだったんですが、急遽。本当に急遽、突然です。サクさんのご都合が悪くなってしまいまして、どうしても生放送に間に合わないという事態になってしまいました。ごめんなさい。
サクさんって、私も物凄く大好きな方で、落ち込んだ時とかに、何度もその歌声に救われてきました。なので今回、初めてちゃんとお会いしてお話出来ると思い、凄く楽しみだったんですが本当に残念です。
サクさんの登場を心待ちにして頂いていたリスナーの方々には、本当に申し訳ありませんでした。
ということで、今日は予定を変更し、私、寺島菜々子が一人でお送りしたいと思います・・・ って、大丈夫かなぁ、私? とにかく頑張りますので、今夜も最後まで、よろしくお付き合い下さい。
それでは先ず一曲お聴き下さい。お詫びと言ってはなんですが、バット・トーキング・バッドの最新アルバム「Girls meet a boy」からタイトル曲 "Girls meet a boy" 。
──────
「ぷはぁ~・・・」
カフボックスのキーをスライドさせ、マイクをミュートにした菜々子が大袈裟に息を吐いた。
普段の仕事とは違う、ラジオという独特の世界感は新鮮ではあるが、やはり生放送という慣れない一発勝負の緊張感は、彼女に大きなプレッシャーとなって圧し掛かってくる。
ただ、テイク2、テイク3・・・ などと、やり直しの利かないこの世界は、彼女が離れて久しいステージの上での仕事と、相通じるものが有る様な気もした。今にして思えば、あの頃の自分はよくもまぁ、こんなプレッシャーに打ち勝っていられたものだと思うのだった。
いや、ひょっとしたら若かった頃の自分は、そのプレッシャーにすら気付けない程に、ただ我武者羅に突き進んでいただけだったのだろうか?
少し喋っただけで喉がカラカラに乾いてしまった菜々子は、手許にあるペットボトルの水を手に取る。しかし、生放送中にトイレに行きたくなってしまうことを恐れ、ほんの少しだけ口に含むに留めておいた。
そんな菜々子のヘッドフォンに副調整室、いわゆるサブ(サブ・コントロール・ルーム)から、番組プロデューサー兼ディレクターの声が届く。
『オッケー、オッケー。菜々子ちゃん、いい感じだよ。曲明けもこの調子で行こう』
彼女が身を置くテレビや映画の世界とは異なり、ラジオ局のスタッフは、何だか取っつき易い印象だ。特に映画業界では、声を掛けるのにも勇気が要るような、独特の雰囲気を身に纏った人も多く、随分と勝手が違う。
それは多分、彼ら彼女らが自らを映画人と称する自負やプライドから来るものなのだろうが、もし自分が、押しも押されぬ大女優にでもなれれば、その辺の状況も変わるのだろうか?
少なくとも今のところ、自分はそこまでの存在には成れていないようである。
「そんなに簡単に言わないで下さいよ~。私、ラジオなんて殆どやったこと無いんですから~。しかも一人で喋るなんて・・・。どうするんですか、一時間も」
『はははは。大丈夫、大丈夫。菜々子ちゃんの音楽のルーツとかさ、その辺のところを小出しにする感じでさ。だって菜々子ちゃんて、昔は・・・ だよね?』
プロデューサーは、何やら言い難そうに言葉を切った。しかし菜々子は、その不自然な態度には気付かなかった振りで、自らそれを口にした。彼が言い難いと感じているならば、自分から言ってあげるしかないじゃないか。
「まぁ、そうなんですけど・・・ 今更って感じじゃないですか? プロミス時代の話なんて」
その単語が彼女の口から出たことで安心したのか、プロデューサーは安堵の色を隠そうともせず、早口でまくし立てた。
『そんなこと無いさ。今でも根強い人気が有ると思うよ。プロミスが青春だったって人は、凄く多いと思うんだ。そういう俺もその一人さ。"LETTERS from YOU" なんて、今聴いても泣けてくるし』
プロミスが好きだったと言ってくれる人は多い。そしてそれは、とても嬉しいことだ。ただ菜々子は、その想い出を一人静かに抱いていたいと思うのだった。誰にも触られたくない、自分だけの宝物。そんな風に思うからこそ、自ら積極的にプロミスのことを口にすることは無かった。
ただ、今夜はそうもいかないらしい。
「うっそだぁ~。絶対嘘だぁ。そんな話、一度もしてくれなかったじゃないですかぁ?」
『あははは。悪い悪い。だって俺、ヒナ推しだった・・・ から・・・ ゴメン』
プロデューサーの声は、最後はモゴモゴと言い淀むように終わる。しかし菜々子は、それを気にする様子も無く ──そんな振りをして── 自虐的に返した。
「あっ、えっ? どうして謝るんですか? 別にいいんですよ。気にしないで下さい。彼女推しだった人、いっぱいいましたから。ナナコ推しだった人なんて、殆どいませんでしたし。あははは」
そんな菜々子の気遣いにも拘わらず、プロデューサーは居心地の悪い想いでキューを送った。
『う、うん・・・。じゃ、じゃぁ曲が明けます。はい、5秒前・・・。3、2・・・』
──────
リスナーの皆さま。改めて今晩は。寺島菜々子です。
先ほど申し上げました通り、本日のゲストとしてお迎えする予定だったバット・トーキング・バッドのサクさんが、急遽、お越し頂けなくなったということで、本日の『WONDER MUSIC』は私、寺島菜々子の独演会のような状況になってしまいました。
で、私一人で何をすればいいのかって話なんですけれども・・・ この番組はやっぱり音楽番組ですし、私の音楽のルーツって言う程の大したモノでもないんですが、少し昔話なんかも取り混ぜてお届けできたらなと思っています。
ひょっとしたら、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、今でこそ私は女優としてお仕事させてもらっていますが、もっと若い頃は・・・ って、オバサンみたいな口調になってますが、これでもアイドルグループに在籍していたんですよぉ~。
プロミスっていう女の子のグループで、メンバーがユイカ、マオ、サクラコとヒナ、それから私。私はあの当時、ナナコと名乗っていました。
どうです、皆さん? 思い出して頂けましたか? 記憶のひだの奥を掘り返してみて下さい。皆さまの記憶の奥底に、プロミスというアイドルグループが眠っていませんか? クスクスクス・・・。
それじゃぁ、グループ結成当初の頃の話からでも始めてみましょうか。先ずはメンバー公募のオーディション会場での出来事なんですが・・・
──────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます