第17話 捕まらない人
【出来ない】
琴絵ママンは不安そうに答えた。
『ちょっと待って、温泉施設内にスタッフが一人に、数人のお客さんでしょ、受付にスタッフが…。二人。二人?ちょっと待ってウッドデッキに出てみる』日向は琴絵ママンの不安を払拭するように元気に思惟で答えた。
地下室から上がって来たばかりの日向は、ウェットスーツのまま、頭にはバスタオルをかけ、ウッドデッキに出た。
ウッドデッキの括り付けのベンチに片足を立てて座った。深呼吸をすると
『温泉でしょ、受付にスタッフ一人、温泉施設にお客さんが一人、二人かな?』
『もう一人、受付にいるのよ』
『場所がわからない。幽霊か?何も考えないのか?』日向は昨日の朝の出来事を思い出していた。
『丁度、日が昇り始め、木漏れ日の間から天使のように突然に鎌を持ってすーっと現れた。それは、すーっと、という表現そのものだったな』
『しかし鎌はないな、怖え!』
『えっ?何?』日向は考え込んだ。
『膝を上げて、そのまま足を下ろす、山歩きが慣れた者の歩き方だった。この歩き方は、足自体に余計な力が入らないために、足が疲れず静かな歩き方だが…。それにしても、ガサツに木や落ち葉の音一つせず、感放もなく、湖畔から登る風が長く濃い黒髪を少し揺らし、印象が深い女のひとだった。うん?感放もなく?』
琴絵ママンが日向の思惟が優しさにあふれている事に嬉しくなった。
『ふーん、日向、あの子の事は随分と好印象なのね』
と思わず口を挟んだ。
『うるさいわ、それよりさ、ママンも俺も、確かあの時も気がつかなかったのだよね、どうしてだ?』
『別れ際に感放をしたから、たとえ覚えていたとしても、うろ覚えのはずなんだけど、効かなかったのかしら?』
『もう一人のスタッフの女の子から拾ってみる』
『なんか怖いね。気を付けて』
『うん、そうだね。あと任せて』
日向の言葉に、琴絵ママンは衣類を脱ぐと浴室に入り、温泉につかりながら湖畔での行動を思い返した。
『特に大きな問題は起きなかった』と思う。
【そのとき】
『警戒しなくても大丈夫よ、神経質にならなくていい。そういう人、いるのね。言葉で会話しなさい』お祖母ちゃんの感放が届いた。
『わかった、そうしてみる』琴絵ママンは答え、露天風呂に向かった。
ここの露天風呂は千年以上も前から湯治として使われていた源泉をそのまま使用している。下界はこれから街に色が落ちる時期だが、色鮮やかな葉が湯船を飾り立てる山の秋は駆け足だ。
山の住人たちは越冬や冬眠にはいる準備中だ。露天風呂では微かに伝わるその騒めきも心地よい。すべての煩わしさが湯船に溶け始めた時、薬草蒸しサウナで悲鳴が聞こえた。
湖畔の女の子に気を取られて、大切な事を見逃した。琴絵ママンは、急いで薬草蒸しサウナに向かった。薬草蒸しサウナの入り口では、温泉の入浴客が騒ぎ立てながらドアを押さえている。
『そんな事をしても簡単にドアの隙間から出てしまうのに』琴絵ママンは、とにかく逃がすことを考えていた。
温泉の周辺の草刈りや建物のひび割れ、隙間などメンテナンスをしっかりすれば、野ネズミたちも寄ってこない。管理や清掃が甘いために、薬草蒸しサウナにはヤマカガシを含め多くの蛇が住み着いている。
蛇たちにとって人間は怖いが、食料があって夏場の温度が確保されるベストの環境だ。毎年、冬眠せずにそこで越冬しているのだ。琴絵ママンが思惟を送り冬眠の誘導をかけても、人間が提供している隠れ家は蛇たちにとって魅力的だ。
温泉の管理をしているのは、文月の花婿になりたい沼田である。この周辺はマムシよりヤマカガシの方が多い。同じ毒蛇でもマムシはかまれると腫れあがるが、普段からおとなしいヤマカガシは厄介だ。
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