マリブ

伏見

第1話

~マリブ ~


「ねえ、僕のこと好き?僕かわいい?なでなでして。ねえねえ僕をみて。大好きだよご主人様。ううん、僕のアイリ」

 

 私は2匹のネコを飼っている。

 

 1匹はネコ。ネコ科のネコ。かわいい黒のまだらのネコ。

 もう1匹は、人科の、ネコみたいなひと。

 

 私は2人の猫に会った。


「ねえアイリ。」


 二人から私は愛されていた。

 

 大学生になって、家を離れ、

 

 見知らぬ国で、一人な私に、

 

 二人の「ねえアイリ」という言葉は

 

 何よりのうるおいを与え、私は寂しくなかった。


「ユノ。マリブ。」


 2匹はソファの上にごろんとくつろいだ姿で

 

 こちらを振り向き、私たちはえへっ!と、

 

 はにかんで笑う。

 

 毎朝の日課であるこれは、私には愛しい7秒だ。


 でももう今はその大切な7秒ももうない。


 あの出会いは偶然だったのか、必然だったのか、

 

 今の私にはわからない。あの1ヶ月の3人の生活は、

 

 平凡な私の生活に、きらりと光る、

 

 一筋の生きる力の糧だったんだと思う。



 ある日、学校から家路に着く道で、出会った。

 

 自転車が通りすぎるのを立ち止まっていた時、

 

 黒いまだらの猫が足にすり寄ってきた。

 

 下を向き、その黒い物体に目をやると、

 

 「ねえ」って言ってるような気がして、

 

 妙に親近感がわいた。

 

 その不思議な猫と、いつの間にか帰り道を共にしてた。


 ある晩、友人達とのサークルの飲み会に行った時、

 

私は久々に楽しくてついつい飲みすぎた。

 

 少し風にあたろうと一人店の外に出た。

 

 商店街は人通り多く、夜でも人が多かった。

 

 飲み屋の隣はファーストフード店で、店の前は

 

駐輪場で自転車がたくさん置いてあった。

 

 はみ出て置いてある自転車があったりと、とても通りにくく邪魔だった。

 

 私は人にぶつからないように、店の前にあるベンチに座った。

 

 ふと駐輪場の方に目をやると、自転車に腰掛けて


紫煙の色を燻らせている人に気づいた。


 するとその人も私を見てきた。

 

 あっ、と思い慌てて目線を逸らした。

 

 なんとか上手くかわせてますように…そう思って空を見つめていた。

 

 けれど、なんとなくまたその人に目線を下ろしてみた。

 

 するとその人は私ににこりと微笑みかけてきた。

 

 久しぶり。かわってないね。

 

 私はなぜか、声をかけ思わず嘘をついた。

 

 見知らぬ人なのに。私酔ってるな。慌てて店に戻る。


 彼は笑みを浮かべ、またその紫煙をくゆらした。

 

 一緒にいた友人に先に帰ると告げ、街を歩き出した。

 

 店を出ると彼は、私の座っていたベンチに座っていた。

 マンションは近く、そのまま商店街を通り、歩き出す。

 

 彼もなんとなく私についてきた。

 

 ほんとは怪しいだろうに、何故だか彼からはそんなものは感じなかった。

 

 ほんとに以前からの知り合いのように。


 初めて見る彼。見知らぬ彼。でもなんとなく、

 

あの日拾ったネコのように親近感?だろうか。


そう言うものを感じた。


 ゆっくりと2人ユラユラと歩く。

 

 彼は近づくでもなく、離れるでもなく道の端と端に

 

互いの距離を保ちながら歩いた。

 

 人気がなくなった住宅街、静かな通りを彼と

 

たわいもないおしゃべりをしながら歩いた。


好きな音楽は?好きな香水は?とか。


 マンションの近くまで来ると側には公園があり、

 

私は遊具にもたれ彼は私のそばに立ち、また紫煙を燻らす。

 

 ゆっくりと手を伸ばし指で彼のタバコを挟む指をなぞった。


言葉を交わさない数分。ただ、お酒以外の火照りと、

 

紫煙のニオイのついたシャツが近かった。

 

純粋に精神的にこのネコたちが心にいた。

 

彼は、私の服についた猫の毛を見つけると

 

「ネコ、カッテルノ?」

 

「うん」

 

「ボクモカウ?」

 

夜の空気が流れていった。


 彼はユノ。昼間は大学生をしていた。

 

 夜はレストランとバーを二つを掛け持ちしていた。

 

「体、疲れない?」

 

ゆっくりと話しかける。

 

「うん。大丈夫」

 

 そういって、あなたは私に優しい笑顔で答える。

 

 これが二人にとって至福の時だった。

 

 ただ、一言二言の会話で私たちは満足だった。

 

 それが最高の愛撫。


 友人はあんたがそんな子だったなんて知らなかった。

 

とか、言葉もほとんど通じない男とネコを部屋に住まわせるなんて、とか。

 

 ほんとに2匹ネコがいるみたいで静ね、とか…


 私はつかず離れづがここちよかった。

 

 誰も私のことなんか干渉しないし、私も干渉したくなかった。


この2匹も同じだった。


だから、外でどんなことをしているのか、

 

ほかにどんな一面があるのか、

 

なんて、知らなかった。知らなくてもいいと思った。


 どんなにいけ好かないヤツだと言われてるユノでも、


本当のユノはここにいるユノなんだから。私はかまわなかった。


それまでは…。


ユノは窓を開け、床にぺたんと座り紫煙の煙をくぐらせていた。

 

なんてきれいなんだろう。

 

ユノはふと気づくといつもそこに座って窓から外を見上げていた。

 

マリブはその横で、丸まってユノの腰あたりに引っ付いて寝ていた。

 

「絵になるね」

 

と、言いたかったがいえなかった。


いつも私は絵になるユノとマリブに見とれていた。


こんな彫刻のような顔立ちのきれいな人がここにいることが、不思議な気持ちもした。


ときどき私は、自分が世界中の人たちから嫌われてるんじゃないかって思うことがある。

 

自意識過剰と友人は言うけれど。


そんな落ち込んだときは、一人でトロリとした神経を惑わす液体の入った瓶を全部飲み干しそうになる。


いつのまにか、隣には、マリブとユノがいた。

 

すっかり眠りこけて机に突っ伏して寝ている私を、じっと見ているユノ。

 

その目には感情がないきがしたが、いくら探ろうとしても、何を考えているのか分からなかった。

 

マリブも、こっちをじっとみてる。

 

しかし、一つあくびをして音もなくどこかへといってしまった。

 

「私はね、あなたのようになりたい。」

 

「なんていったの?」

 

通じない。

 

「私はあなたのようなキレイで人を暖かくする人になりたい」

 

「…」

 

「ねえ。僕のこと好き?僕かわいい?なでなでして。ねえねえ、僕をみて。大好きだよ。ご主人様。ううん、僕のアイリ」

 

頭をなでられ私は目を閉じる。ユノは私の耳元で囁く。

 

目を開けると、そこにはマリブが机の上にちょこんと座ってこっちをみていた。

 

「マリブが言ったの?」

 

そんなはずはないけれど、ユノの姿がなかった。

 

「そっか、マリブ。ユノはいなかったんだ。私の夢の中の人だったんだ。」

 

いったいユノは、私にとって、どんな存在だったんだろう?

 

私が妄想を膨らませて作ったものだったんだろうか?

 

けれど。

 

ユノが私の心に残してくれたものは?

 

私は愛されてる人なんだ。そっか、愛してもいいんだ。ただ純粋に。

 

愛で潤えるんだ。知らなかった。

 

ユノはここにはいないけど、ありがとう。そしてあなたにキスを送りたい。

 

愛しい人。愛してくれた人。

 

マリブにそっと手を差し伸べ優しくなでた。


愛しい2匹のネコを、私は拾いました。

 

おわり

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マリブ 伏見 @fushimi-a

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