未来の花嫁を名乗る暴力美少女は、うだつのあがらない俺の顔を殴った。
東雲綺狂
第1話 未来の花嫁との出会い。占いはどうでも良いところで的中する。
「あんた、なに気持ち悪い顔してんのよ。ぶん殴るわよ。」
そう言って名前も知らない彼女は俺のふがいない顔を殴った。キスをされると思っていた自分は拳を避けることができなかった。俺はよろけた、地面に情けなく倒れこみ、仰向けになった。激痛が走る。強く頭を打ったみたいだ。屋上は四方をフェンスに囲まれていて、自分たちは誰もいない屋上の真ん中にいた。頭の中にボクシングの試合でボクサーがノックアウトされた映像が浮んだ。フェンスがリング、屋上の床がリングマット、俺たちがボクサー、審判はいないが、オーディエンスはこの空といったところだろうか。
屋上から見える夕日に照らされた空は、俺の無様な姿とは反対にひどく綺麗だった。頭上でカラスが鳴く、俺を小馬鹿にしているのだろうか。しかし今はどうでも良い。
生まれて初めてテレビの占いを信じておけばよかったと後悔した。
どんな経緯で俺が殴られたのか、その話をするには今朝から話さなければいけない。
今日から高校2年生になった。起きて母が作っておいてくれたご飯を食べる。昔からの癖でテレビを何気なくつけると流行りのアーティストがインタビューを受けていた。何が良いのか自分にはよくわからないが、街のあちらこちらで流れている曲を歌っているアーティストだ。興味ないからチャンネルを変えると流行りのアニメ映画が紹介されていた。映画が人気になる随分前から原作を読み込んでいた自分としては、今更になって魅力に気づいたのかと大衆に心の中でマウントを取る。
特に見るチャンネルがなかったからテレビをつけたままで、動画サイトを開いてVtuberの切り抜き動画を見る。別に面白い動画でもないが、つまらないテレビ番組を見るよりかはマシだ。切り抜き動画を見ながら朝食を無造作に口に入れこむ。
朝食を食べ終えると、皿を軽く水であらい流し台の中に置いておく。気づいたらそろそろ家を出ないといけない時間になっていた。少し急いで歯を磨いて、ブレザーの制服に袖を通す。
朝食の時から付けっ放しのテレビの電源を消そうとリモコンを手に取ると、ちょうど占いがやっていた。自分の星座である乙女座の11位という結果が表示されている。ラッキーアイテムは黄色のハンカチらしい。「今日は痛い思いをするかも。大人しく過ごしましょうね。」という有難いアドバイスを視聴者に投げかける。胡散臭い占いなど信じていない自分ではあるが、順位が悪いと何となく不安になる。
占いなんて見なければ良かったと、やや乱暴に電源ボタンを押してテレビを切りカバンを持った。学校指定の手入れもしていないくたびれたローファーを履いて家を出る。イヤホンで最近はまっている深夜アニメのOPを聞いて学校まで20分の道のりを歩いて向かう。
学校に着くと人が集まっていて騒がしかった。校舎の前には新しいクラスについて書かれたホワイトボードが置いてある。その周りを囲むようにたくさんの人が集まっいて、一緒になれて嬉しいとか、一緒になれなくて悲しいとか口々に言い合っている。
自分にはなんの関係もない話だ。入学して一年が経っているが、今だに誰一人として俺の下の名前を知らないだろう。新しい教室の位置だけ確認したら群衆の合間を縫って教室に向かう。本校舎の二階、階段から一番奥の2−3が新しい教室だ。教室の中に入ると黒板に新しい席の場所が書いてあった。席は一番窓側の一番後ろ、悪くない席だ。後ろの席だから人から目立ちにくい。さらに教室の入り口から一番遠い席だから、より一層目立ちにくい。
ホームルームが始まるまでやることもないから昨日買ったカバーをかけた漫画を読むことにした。漫画とアニメ、流行りのゲームが俺の生きがいだ。
一人の靴音が聞こえて来て教室に入って来た。自分と同じように友達がいない奴が入って来たのかなと思っていたが、靴音の主は自分の後ろまで歩いて来ていたらしい。
「二宮ワタルってのはアンタのこと?」
背中越しに話しかけられ、振り向くとそこには茶髪のツインテールで、背は小さいが、全身で勝気なオーラを放っている女の子が立っていた。顔は可愛い方だと思う。そんな女の子にいきなり話しかけられた俺は頷くことしかできなかった。
「そう、アンタがね。まあ良いわ。今日の放課後、屋上に来なさい。ホームルームが終わったら急いで来るのよ。帰ったら承知しないんだから。」
今時珍しいツンデレ口調の彼女はそう言い残すと踵を返し、教室を出て行った。何で屋上に行かなきゃいけないんだとか、そもそもお前は誰だとか言おうとした時には彼女はもういなくなっていて、靴の音が聞こえてくるだけだった。一体何だったんだ。
しばらくすると他の生徒たちが集まってきてクラスが騒がしくなった。そして担任の先生が教室にやってくるとクラスメイトは皆席に着き、ホームルームが始まる。担任はクールそうな人だった。白衣を着ていから何か科学を担当しているみたい。そして何より美人だった。肩よりも長い髪と大人しめなメガネ、
今まであった先生より砕けた話し方だったし、ホームルームでも勉強とか学校生活とかの話ではなく、何か人生の教訓めいた大切なことを話していた気がする。聞き流していたけど。
「じゃあこれでホームルームはお終い。帰る前に春休みの課題を教卓の上に置いてから帰ってくれ。」
そう言い残すと担任は教室を出て言った。
ホームルームが終わると他のクラスメイトたちは部活に行ったり、友達と帰ったりするらしかった。自分も今日は書店のバイトがないから、本来であれば、この後まっすぐ帰るだけだ。しかし今日は知らない女が屋上で待っている。
別に行かなくてもよかった。名前も知らないし、おそらく会ったこともない。顔も知らない顔だった。でも少しだけ考えて、屋上に行くことにした。自分の人生を変えてくれるような出会いになるのでは、と淡い期待を持ったからだ。あまり意識はしていなかったが、自分は今までの生活に少し飽きを感じていて、何か生活に刺激を求めていたのだろう。
屋上へと続く階段を上っている間、改めて俺は彼女のことを考えていた。彼女は誰なのだろうか、目的は何なのだろうか。そしてなぜ自分の名前を知っているのだろうか。まさか告白ではないだろうな、告白だったらどうしよう。
重い鉄製のドアを開けて屋上に入る。名前も知らない彼女は屋上の中央で仁王立ちの姿勢で俺を待っていた。
「遅いじゃない、一体何していたのよ。」
「すいません。少しホームルームが長引いてしまって。」
自分より年上なのか年下なのか同い年なのかもわからないが威圧感に気圧され何となく本屋で働いている時のような敬語を使ってしまった。俺は情けない。
彼女は俺の釈明を聞いて何も言わず俺に近づいてきた。じっと俺を見つめた後、彼女は目を瞑り、顔を俺に近づけた。カップルならばこれからキスをするんじゃないかという距離だ。これはキスをされるのか?
人生で一度もモテたことが無く付き合ったこともない俺は、キスもしたことはない。自分の人生においてキスができる機会なんてそうはないだろう。もし向こうがキスをしてくれるならこの機会を逃すわけにはいかない。俺はやったことがないキス待ち顔をして、彼女からのキスを待った。
しばらく待っていてもキスはやってこない。俺は薄く目を開ける。すると目を瞑っていたはずの彼女は阿弥陀如来のような眼力で俺を睨んでいた。
「何、気持ち悪い顔してんのよ!!ぶん殴るわよ!」
そうして冒頭のように彼女は俺の右頬を力いっぱい殴った。右頬に激痛が走った。油断している時ほど痛みは強まる。キスをされると思っていて殴られると痛みはより一層強まる・
殴られて倒れこんだ後。俺はしばらくの間立てずにうずくまっていた。流石に心配になったのか、彼女は俺の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと、力を込めすぎたかもしれないわ。大丈夫?」
俺は大丈夫という前にまず彼女の名前を聞いた。訴えるにしても、警察に駆け込もにしても、これからどうなるとしても名前を聞く必要があったからだ。
「き、君の、な、名前は?」
殴られた衝撃で今にも泣きそうになっていて、俺はうまく話せなかった。いや例え殴られていなかったとしても女子と近い距離で話すことになったらどもってはいた。
彼女は俺の泣きそうな顔が面白かったのか、顔に笑みを浮かべ、自己紹介をした。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私の名前は神宮寺ツバサ、アンタの花嫁になる女よ。喜びなさい!あんたは光栄にも私の夫になれるんだから。」
聞きたいことは色々あったが、もはや喋る気力もない俺はとりあえず目を瞑った。未来の花嫁?何を言っているのかよくわからない。しかし、少なくとも何らかの物語が夕方の屋上を背景に、未来の花嫁を名乗る謎の美女に殴られて動き出したみたいだ。
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