整形したいんだけど、どう思う?

浅野ハル

整形したいんだけど、どう思う?

「整形したいんだけど、どう思う?」

国道沿いのホテルで寝た帰り、彼女を家まで送る途中でそう言われた。

夜になっても蒸し暑い日だった。

中古で買った赤のミニクーパーはエアコンの調子が悪くて、窓を全開にして運転する方がまだ涼しかった。

夜風が車内の空気を押し流してくれる。


「どう思うって、、、」

「綺麗になりたいし、この前給付金もらえてお金もあるし」

「どこ整形するの?」

「目、二重にする」

「今のままでも悪くないのに」

「昔から嫌だったんだよね」

「じゃあやればいいよ」

「なんか軽いね」

「それで自分のコンプレックスがなくなるなら良いと思う」


整形に対して抵抗はなかった。

そもそも整形する本人の問題であって自分には関係ないことだと思った。



前方の信号が赤になり停車する。

止まると湿度の高い不快な空気が車内に戻ってくる。

「マック寄ってこ。シェイク飲みたい」

彼女はそう言ってスマホでクーポンを探す。

「いいよ。もう少し行ったとこにあったよね」


信号が青になりアクセルを踏む。

僕は無言で車を走らせ彼女は無言でスマホをいじっている。

二人とも好きだったバンドの曲を流していたけど風の音であまり聞こえない。

彼女はたぶん整形した後の明るい未来を考えている。

僕は早く帰りたいと思っている。

少し走るとマクドナルドが見えてきた。

ドライブスルーに入りシェイクとコーラを注文して受け取る。

「冷たいね」と彼女は言って、

「生き返るね」と僕は言った。


また車を走らせる。

彼女はシェイクを一口飲んではストローでかき混ぜて溶け具合を確認している。

溶けきる少し前が一番美味しいよと付き合いたての頃に言っていた。


「整形さ、本当にしていい?」

「本当にするの?」

「さっきやればいいって言ったじゃん」

「言ったけど、リスクとかも考えた?」

「何それ。やってほしくないの?」

「最初からやってほしいなんて言ってない」

「綺麗になってほしくないの?」

少し考えていると、また赤信号に捕まった。

「そのままでいいと思うけど」

「私は綺麗になりたいの」

「別にやりたければやればいいよ。ただ僕が決めることじゃない」

彼女は小さなため息をついて、

「本当、冷たいよね」と言った。


そこでお互い話すことをやめた。

車のエンジンの音がやたら大きく聞こえる。

バンドの曲はいつの間にか止まっていた。


もうすぐ彼女の家に着く。

いつもの通り道。

よく缶コーヒーを買うコンビニ。

細い田圃沿いの道。

必ず吠える犬がいる道。今日はいないな。

何度も通った道。

「そういえば最近犬見ないね」

「田中さん家の犬、先月亡くなったの」

彼女は小さな声で答える。

「そうなんだ。寂しいな」

僕はそう言ってからとても落ち込んでしまい、聞かなければよかったと後悔した。

彼女は欠伸をして眠そうに外を見ていた。


彼女の家の前に着く。

「ありがと。じゃあね」

「あぁ、おやすみ」

彼女は手をひらひら振ってから車を出て家の方に歩いて行く。

車を切り返して来た道に戻る。

サイドミラーを見て、彼女を探したけどもう玄関の扉は閉まっていた。


車を走らせる。

ドリンクホルダーには彼女が飲んでいたシェイクのゴミが残っていた。

甘ったるいバニラの香りがした。

彼女はいつも車内にゴミを残していく。

ポケットの中でラインの着信音が鳴る。

スマホを取り出そうとしたけど、やめた。

何が書かれているかはなんとなく分かっていた。

誰もいない道を進む。

何も考えたくなかった。

遠くで犬の鳴き声が聞こえた気がした。

もうあの犬が鳴く道は無くなってしまったのに。

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