第一話 幼馴染百合 前半 『透のいびつな愛』

「あんたちってさ、本当付き合ってるみたいな距離感だよね。本当に付き合ってないの?」


入学してから一年が経とうとしているのに今だに名前もはっきりしないモブが私たちをからかう。



「もう、やめてよ。陽ちゃん。そんなんじゃないって。ただ生まれた時からの幼馴染だったから距離が近いってだけだよ。それに透ちゃんの体ってとても暖かいんだよ。寒い冬は抱きつきたくなっちゃうの。」


桜子は顔を少しだけ赤くして否定する。密着している体から鼓動が早くなっているのも感じる。

「桜子が私に抱きつくのは一年中でしょ。」

「あれ?そうだっけ、えへへ。」

「ほら次の授業理科室だから早く移動するよ。準備して。」


桜子は現代において珍しいくらいにピュアだ。付き合ってるの?と言われることなんて何回もあったのに、今だに恥ずかしがって顔を赤くしている。中学生の頃、そんなに恥ずかしいなら抱きついたり、手を繋いだりしなきゃいいのにと私が言っても「小さい頃から透ちゃんに落ち着かないの」と恥ずかしがりながら可愛いことを言ってきた。


そんな桜子を私は世界で一番愛している。当たり前だ。誰だって彼女と小さい頃から一緒にいれば彼女のことしか考えられなくなるだろう。彼女は可愛さという概念を世界中からかき集めたような存在だ。ひまわりのように明るい笑顔、百合の花のような



理科室でのたいして聞く価値のない学校の授業も桜子は真剣な顔で聞いている。そんな横顔を眺めていたらいつの間にか放課後になっていた。

「最近近くにクレープ屋さんができたんだって。透ちゃん、帰りに寄っていこうよ。」

「良いけど、ダイエットしてるんじゃないの。」

「う、うん、だけどクレープ1個くらいなら良いよね?」

桜子は目に見えて動揺している。桜子はダイエットなんてするほど、太ってない。桜子は食べても食べても太らない方だ。女子校だからモテたりとかはしないけど男子校だったら桜子はモテて仕方がなかっただろう。女子校でもモテてこそいないが、マスコット的な扱いを受けている。もっとも桜子以外と話さない私がいつも彼女のそばにいるため、そこまでクラスメイトも桜子に話しかけりはしない。


「桜子が良いと思うなら良いんじゃない。でもクレープのカロリーはご飯よりも多いよ。いつもご飯をお代わりしてるけど今日はしない方がいいかもね。」

「う〜ん。それならクレープは我慢しよ。透ちゃんちのご飯食べるの久々だからいっぱい食べたいし。今日はまっすぐ帰ろう。ね、手繋いでもいい?」

「ダメって言っても繋いでくるでしょ。」

「うん、だって透ちゃんの手って暖かいんだもん。」

そう言って桜子は手を繋いでくる。恋人繋ぎ。ピュアなくせにこういうことをしてくる。桜子の思わせぶりな態度のせいで私の人生は振り回され、そして壊されていると思う。それで私は良いのだけど。


翌朝、目を覚ますと目の前に桜子の顔があった。昨日は桜子が帰るのを嫌がって私の部屋で寝たんだった。すぐ隣の家なんだし、明日も会えるんだからわざわざ私の部屋で寝ることもないのに。


寝顔を見てたら学校に間に合わなくなる時間になったので制服に腕を通しながら桜子を起こし急いで支度をして家を出る。朝ごはんを食べ損ねて桜子は悔しがっていた。いつでも食べれるんだから悔やむことないのに。



「お二人さん、今日もアツいね。仲良く手を繋いで登校してくるなんて。」


またからかってくる。それに顔を赤くしながら桜子は否定する。しばらくすると朝のホームルームが始まる。私は桜子の横顔を見ている。ホームルームが終わり、授業が始まった。私は桜子を見ている。桜子と目が合う。桜子は少し恥ずかしそうに視線を黒板に戻す。私は桜子を見ていた。


いつもの日常だ。ただ、いつもと違うのは私の席の隣に転校生が座っていること。


桜子が言うには東條つかさ、という名前らしい。モデルのようなスタイルで背丈も高く、宝塚みたいな外見をしている彼女は、イケメン不足のこの女子高では即戦力らしく、まだ転校してきて数時間も経っていないのにクラスの女子からもてはやされ、休み時間には他のクラスの人まで彼女を一目見ようと集まってくる。

隣の席の私は煩わしくて仕方がない。休み時間になると普段は行かない桜子の席に行き避難している。


「すごい人気だね。あんなに人が集まるのも分かるよ。」

私はそれを聞いてすこしむっとした。行きたいならいけばいいのに。昔から桜子はイケメンが好きらしい。特定の好きな人がいるわけではなく、街中やテレビの中にイケメンが出てくると目で追っている。


「桜子は話に行かなくていいの?昔からかっこいい人好きだったでしょ。」

「うーん、私は良いかな。今は透ちゃんと話したいし。それに透ちゃんだってかっこいいよ。入学したての時はよくクラスの人に話しかけられてたもん。」


確かに私はかっこいい女なのだろう。私の本性を知るまでは多くの人が私に話しかけてきたし、モデルにスカウトされたことだってある。でもそんなことはどうでも良い。私には桜子がいれば良いのだから。






中学二年生の時だった、彼女に対する私の愛が世間で想定されている幼馴染への愛を超えているということを自覚したのは。当時の担任は三者面談の時に私の親に伝えた。幼馴染とはいえ桜子と一緒にいすぎる。桜子としか関わろうとしない。もっと他の人とも話して欲しい、と。


それを聞いた私の親は帰り道に「他の友達も作って見たら。今まで一緒にいたからって、これからも桜子ちゃんと一緒に入れるとは限らないのよ」と言った。


その言葉を聞いて私は驚いた。私は桜子と一緒に入れなくなるわけがないからだ。桜子がどこに行っても私はついていくし、私がどこに行っても桜子はついてきてくれるはずだ。







授業が終わり、桜子と帰ろうとバッグに教科書を入れていた時に例の隣の転校生が群がる女子の間を縫って話しかけてきた。

「ごめんね。私の席の周りうるさくて、迷惑かけたでしょ。」

「別に。大して迷惑でもなかったけど。」

「そう?休み時間の度に別の席に行ってたからてっきり迷惑だったのかなと思って。そういえば君の名前知らないな。教えてよ。ついでに君が仲良くしてるあの女の子の名前も教えて欲しいな。」

「私は相坂透、それで彼女の名前は桜子。」

「教えてくれてありがとう。君のことは透って呼んでもいいかな」

「好きにすれば。じゃあ帰るから。」

「うん。また、明日。」

そう言い残すと彼女は私よりも先に席を立ち教室を出て行った。


転校生は見た目に違わない話し方をしていた。私がぶっきらぼうに返答しても彼女は気にしてなかったのように話し続けてきた。どれだけ嫌な態度を取ってもこの女は表情を変えず、私に接してくるのだろう。気に入らない女だ。


「透ちゃん、さっき何話してたの?」

桜子が聞いてくる。普段人とあまり話さない私が会話していたのを珍しく思ったのだろう。

「名前を聞かれただけ。別に私から話しかけたわけじゃない。」

「そうなんだ。私はまだつかささんと話したことないんだよね。どんな感じだった?やっぱり話し方もカッコよかった?」

「別に。あんまり好きになれなさそうなタイプだった。桜子は好きになるかもね。」

「ふーん、透ちゃん。今日も透ちゃんの家行っていい?」

「良いけど今日から出張で親帰ってこないから、母さんのご飯食べられないよ。私が作るけど。」

それでも良いと桜子が言うので二人きりで帰った。もちろん恋人繋ぎで。気のせいか、桜子の私の手を握る力がいつもより強い気がした。


「桜子、手が痛い。握る力強すぎ」 流石に手が痛いので桜子に注意した。

「あ、ごめん透ちゃん、なんでだろう。今日は寒いからいつもよりぎゅっとしたくなったのかも。そうだ、透ちゃんの家に行く前に私の家寄って荷物とか置いてくるね。透ちゃんが料理するなら私も手伝うためにエプロン持って来なきゃだしね。」

いつも自分の家に寄らず私の家に来る桜子にしては珍しい行動だ。

桜子の家は父親がいない。私たちが小学6年生の時に離婚し父親が出ていった。

そのため母親は一人で桜子を養うために夜遅くまでスーパーのレジ打ちをしている。


「じゃあ、エプロンとあと夕ご飯の材料になりそうなものがあったら、持って行くから少し待っててね。」

そう言い残すと桜子は自分の家に帰っていった。


しばらくすると桜子がエプロンを着て家にあったキャベツと鮭を持って家に来る。エプロン姿も可愛い。


食材と相談して夕飯は鮭のムニエルと白ご飯、キャベツと豚肉のサラダ、味噌汁になった。二人ともよく自炊するからすぐ作り終えるだろう。早速私もエプロンを着ようとした。しかし、桜子に止められる。


「昨日透ちゃんの家でご飯食べさせてもらったから、今日は私が作るよ。透ちゃんは何もしなくて良いからリビングでテレビでも見て待っててよ。」

「でも、二人で作った方が早いじゃん。私も手伝うよ。」

「良いの。いつもお世話になってる透ちゃんと柚子おばさんにたまには楽してもらいたいんだもん。私が作るから透ちゃんは何もしないで。」

桜子にしては珍しく少し強い口調で言われたから私は少し気圧されてしまい、居間で特に好きでもないテレビを雑に眺めていた。


今日の桜子は少し変だ。今日の帰り道も変だった。いつも手を繋いで帰っているけどあんなに強く握られたことはない。


もしかして私にヤキモチを妬いてくれているのだろうか。いつも桜子とばかり話している私が宝塚気取りの転校生と話していたから。だとしたら嬉しい。






「お待たせ!ご飯できたよ。熱いうちに食べてね。」

桜子に促され食卓につく。メニューは事前に話した通りだった。桜子が一生私だけに料理を振舞ってくれれば良いのに。なんてことを思いながら、桜子に感謝を伝え、食べ始める。まずは、キャベツのサラダ。シャキシャキとした食感が舌だけでなく、耳も満足させる。次に鮭のムニエルを少し食べる。味は美味しいがなんだか変な匂いがした。味噌汁も一口飲む。出汁をしっかりとっていたのだろう、奥深い味わいだ。味噌汁が少し熱かったので水を一口飲む。


一旦、箸を止めて目の前に座っている桜子を眺める。桜子は淡々と食べ進めている。これもいつもと違う。桜子は自分が作っていた料理でももっと美味しそうに食べていた気がする。流石に桜子を見すぎたのか、桜子と目があった。


ニコッと、今にも弾けそうな笑顔を私に向け、桜子はこう言った。


「そろそろ、効いてくる頃だね。」


言っている意味がわからず、聞き返そうとした。しかし、舌が、口がまともに動かない。それどころか体も動かすことができない。桜子の名前を言いかけたところで目の前がどんよりと暗くなり、ドサっと音がした。私は倒れたらしい。


「おやすみ、私の透ちゃん。」

耳元で桜子がそう囁いたのが、聞こえた気がした。































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