強烈な売り込みのワケ1

 いまだにニャロ語が染み付いているコユキは両手を突き上げて喜びを表現する。

 町と町の間が長くて泊まれる村のようなものもなかった。


 そのために5日も野宿で過ごすことになってしまった。

 野宿だと部屋もないのでリュードと寝られることは嬉しいコユキだけど流石に5日間も野宿なのは嫌だったらしい。


 なんだかんだとベッドで寝られるのは快適だししょうがない。


「まずは宿探しだな。


 しばらく野宿だったしいい宿でも泊まろうか」


 野宿にもそこそこ慣れてはきたがベッドで寝られるならベッドがいいのはリュードも同じ。

 しばらく間も空いたし高めの宿に泊まったとて誰も文句は言わない。


「あ、あの!」


「ん?

 なんですか?」


 適当に道ゆく人に聞いて良さそうな宿を探していた。

 とりあえずお高めの宿で何回か名前が出てきたところに向かってみようと思っていたらリュードの前に女の子が飛び出してきた。


 敵意はないけどいきなり立ち塞がるように出てきた女の子にリュードも少し警戒をする。


「何かご用かな?」


 年はラストぐらいだろうか。

 リュードよりも少し下には見える。


「わわ、私を買ってくれませんか!」


「……はぁっ?」


 物乞い、あるいはスリとか押し売りとかそんなことだろうと思っていたのに出てきた言葉は全く予想外のものであった。

 まさか広く捉えれば押し売りかもしれないがとんでもないものを売ろうとしてきた。


 けれど少女の顔は真っ赤になっている。

 道のど真ん中で大声を出して買いませんかなんて言う子が手慣れているとは思えなかったけどこうしたことはど素人のようである。


 ルフォンたちの視線が後頭部に突き刺さっているのを感じる。

 これに関しては自分が悪くないと思うのだけどこれからの対応によってはリュードが悪者になるもらい事故が発生してしまう。


 どうするのだという期待するような目やまた女性関係かという若干の冷たさも混じっている。


「すまないが俺はそういうことに興味がないんだ」


 とりあえずキッパリと断っておく。

 別に男子として興味がないわけではないがお金を払って誰かを買うような行いには興味がないのである。


 周りに美人が揃っているのだからそうした気が頭をよぎらないことなんてあり得ない。

 だけどお金で女性を買うぐらい我慢できないならルフォンたちに頭でも下げた方がいい。


 リュードが断ったことにちょっとホッとした空気になったことを感じる。


「お願いします!


 買ってください!」


 しかし少女は食い下がる。


「何でもします!


 痛いのも酷いのも我慢するのでどうか!」


 少女は必死の表情でリュードの足にしがみつく。

 声がデカいし往来の真ん中で繰り広げられているのである、道ゆく人も足を止めてリュードたちの様子を見ている。


 これは危険。

 デタルトスで起きたハーレムパーティーの王事件の二の舞になるとリュードは察した。


「お願いします!


 私のことを買っ……ムグゥ!」


「こんなところでとんでもないこと叫んでんじゃないわよ!」


 冷たい。

 全員の目が。


 仲間達ではなく周りにいる全員の目が。

 実際は少女の方から買ってくれと売り込みに来ているのだけどリュードの方が少女を高値で買い取って酷いことしようとしているように周りには見えている。


 少女の弱みでも握っているように見えているのかもしれない。

 しかしリュードはあまり女の子に強く出られない。


 毅然とした態度を取ればいいのにどうしても女の子相手だと弱いのだ。

 見かねたテユノが割って入る。


 リュードに縋りつく少女の襟を掴んで持ち上げる。


「リューちゃんはダメだよ?」


 当然リュードが断ると信じていたのでルフォンも満足である。


「みんな、とりあえずここを離れよう!」


 しかしいくら仲間達が信じてくれようとも現在のところ周りから見ればリュードを中心にした痴話喧嘩にしかならない。

 どう頑張ったとてリュードの悪評が増すだけである。


「いい?

 また変なこと言ったらみんな怒るかんね?


 黙ってついてくるんだよ!」


「黙る!」


 ラストとコユキの脅しに少女はこくりとうなずく。

 こういう時は逃げるに限る。


 リュードたちは少女を連れて足早にその場を去る。

というかもっと早く助けてくれても良くないかと思ったけど助けてくれたからよしとする。


 第一候補にしていた宿も近かったのでそのまま部屋を取る。

 幸い部屋は空いていたのですんなりと借りることができた。


 ルフォンたち女性陣が泊まる4人部屋の方に謎の少女も含めて集まる。


「それで君は何者で何が目的なんだ……」


 光の加減によっては黒にも見える濃紺の髪が垂れて少女の表情は見えにくい。

 ただ歩いている間に冷静になったのか髪の隙間から見える耳は真っ赤になっていた。


 人前で自分を買ってくれというのは普通のことではない。

 久々のベッドに寝てしまっているコユキを羨ましいと疲れ切ったリュードは思う。


「お金が……必要なんです。


 私のことを好きにしてくださって構いませんからどうか!」


 赤くなったり泣きそうになったりと忙しい少女である。

 分かりきっていたけどどうにもワケアリのようだ。


「買わない!


 何でお金が必要か聞かせろ」


 なぜ身売りすることにこだわるのだ。

 身売りしてまでお金が必要な切実な事情があることは理解した。


 悪いことをするつもりでないのなら助けることはやぶさかではない。

 困っている事情を口にしにくいのか俯いたまま唇を固く結んでいる。


 言いたくないとすぐに言わないのなら迷いがあるのだろう。

 はっきりと返事をするまでは少しぐらい待ってあげる。


「弟が……」


 やがて決心したように少女は口を開いた。

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