幻にも君を見た1
ジュダスは国全体で見てもトップと言っていいほどの宿である。
値段も質も高くジュダスの場所も知らなかったリュードでさえ簡単に見つけられるほどに分かりやすい。
綺麗な大型の宿泊施設は高い塀で囲まれていてその周りでは武装した兵士が守っている。
短い間隔で塀の周りも巡回し、夜だと言うのにかなり明るく明かりも焚いている。
宿泊施設というよりも軍事施設みたいな厳重さがある。
「……どうする?」
全力で突っ込んでいって突破できないことはない。
しかしそうするとその後がない。
このジュダスのどこにテユノがいるのか分からないし騒ぎ起こしてテユノを連れて逃げられたらお終いだ。
足りない。
時間が足りない。
下調べをして侵入ルートを考えるための時間がない。
「……いや、ここは正面突破だ」
どの道この厳重な警備の中で下手に動いてもバレてしまう。
ならば正面突破しかない。
ただしまずは出来るだけ平穏に、持てるものを使ってみよう。
「ご予約か、ご紹介は?」
夜中に突然現れた2人組に塀の入り口に立つ警備兵が警戒をあらわにする。
動いているのはリュードとルフォン。
ラストはバックアップとして外に残ってもらう。
コユキは目立つし、サイズの合わないダボダボの服を着たロセアもとてもじゃないが連れていけない。
リュードはツノを消して浅くフードを被り、ルフォンは深くフードを被って顔を隠している。
さすがは高級宿でただ泊めてくれと訪ねても中にすら入れてもらえないようだ。
「……ビドゥー様からの紹介だ。
ここがいいと聞いている」
しかしここはリュードも考えた。
最初は金を渡して中に入れてもらおうかと思っていたけれどビドゥーはこの町によく来る権力者のような口ぶりだった。
だからビドゥーの名前を出してみた。
「ビ、ビドゥー様で?
……何か証明するものはありますか?」
警備兵に動揺が走る。
予想通りにビドゥーはジュダスにとっても上客のようだ。
「証明てきるもの?
そんなものない。
が今日はビドゥー様がこちらにお泊まりになられているはずだから聞いてみるといい」
ウソも知っている事実を織り交ぜながら堂々と突き通せば本当のように見える。
それに屈強な警備兵たちがビドゥーの名前を出した瞬間ほんの少し怯えたような表情を浮かべたことをリュードは見逃さなかった。
「お、おい、聞いてこいよ……」
「バカ言うなよ。
少し前に奴隷を連れて帰ってきた。
今邪魔したら首が飛んでしまうだろ」
警備兵が仲間に顔を向けた。
小さな言い争い。
どうにもビドゥーはかなりヤバそうだ。
さらに奴隷を連れてきたばかりであることも分かった。
「……ビドゥー様の邪魔をしたいなら早く確認してくることだな」
会話の流れに乗ってリュードが後押しする。
本当に確認されるとアウトなのだけれどこの流れからすると確認しに行くことはないと確信がある。
もし確認しに行くとなったら武力行使に移行するだけだが。
「くっ……少々お待ちください」
顔を見合わせて悩むような警備兵だったが本当にビドゥーの客ならこんなところに長時間留めておけない。
1人が小走りでジュダスの中に入っていく。
本当に確認しに行ったのかとヒヤヒヤしたが戻ってきた警備兵の態度に特に変わりはない。
他に仲間を引き連れてきたとかそうしたことはないのでビドゥーに確認したわけじゃなさそうだ。
「お入りください。
お引き止めして申し訳ございませんでした」
何をしたのか知らないがとりあえず中に入れてくれるようだ。
「ようこそ、ジュダスにいらっしゃいました。
私はジュダスの支配人であるダッチと申します」
ジュダスに入ると分かりやすい揉み手をしながら細い髭を生やした怪しげな笑顔を浮かべる男が迎えてくれた。
「ビドゥー様のご紹介ということなのですが……申し訳ございません。
ビドゥー様が今日はワンフロア貸し切っておられます都合で空き部屋のご用意ができません」
ジュダスはデカい。
部屋が大きいにしても1つのフロアだけでも部屋数はある。
それを全て貸し切りにするなんてお金的なこともそうだし貸し切りにさせる権力もすごい。
「ワンフロアすべてのお部屋をお使いではなられないのですので……その、もしお知り合いなのでしたらご自分で直接お話しいただきまして、お部屋を使わせていただくことも……出来なくはないかと」
ようは空いている部屋はビドゥーが貸し切っているフロアの部屋だけであるから泊まりたいならビドゥーに言って部屋使わせてもらえということ。
本当にビドゥーは何者なんだ。
「…………少なくとも挨拶はしなきゃいけない。
そのついでに聞いてみますよ。
ダメだったら別の宿を探します」
どうなのかと一瞬思ったがむしろ都合が良い。
リュードの方で理由を付けずともビドゥーのところに行くことができる。
「そ、そうですか!」
明らかにホッとした表情を浮かべるダッチ。
ダッチ自らもビドゥーのところには声をかけに行きにくい。
リュードが自ら行ってくれるならその方が良かった。
「それではご案内いたしましょう」
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