闇夜に紛れて1

 旅をする中で学んだことは優しいだけではいけないということだ。

 非情になることも必要。


 敵を倒すこともそうであるし取捨選択をすることもそうである。

 全ての奴隷を解放することはできない。


 この国における奴隷の所有や売買は保護までされない権利であっても違法ではない。

 奴隷に至る経緯は違法や不当なものであるかもしれないが1人1人に敬意を確かめていくこともできない。


 この国では禁じられていないことを旗印に奴隷解放をしてもただリュードが犯罪者になるだけである。

 だから今回助けるのは竜人族だ。


「行こう、ルフォン。


 まずは隠密にだ」


「了解!」


 ひとまず竜人族がいるマーケットを見つけた日の夜。

 この日は月も細く非常に暗い夜であった。


 リュードとルフォンは光の届かない闇に紛れて動いていた。

 奴隷に相手をさせる歓楽街のようなところもあるけれど奴隷市場自体は夜は閉まっていて静まり返っている。


 リュードもルフォンも魔人化して黒いクロークを身につけている。

 2人とも魔人化した時の姿は真っ黒なので闇に同化している。


 この姿なら竜人族が見ればリュードが竜人族であるとすぐに分かる。

 致し方なく奴隷として買うという平和的な交渉は失敗に終わった。


 ならば力技で過激な方法に出るしかない。

 こっそり連れ出せるならそうするつもりであるが奴隷に満ちた市場の中で目的の人だけを連れ出すのは簡単な方法ではない。


 すでに売られることが決まっているので時間もないし無理なやり方でも押し通すしかない。

 ラストとコユキはお留守番である。


 二回連続でお留守番になったコユキは非常に不満そうだったけどコユキは姿を隠す術を身につけておらず真白な見た目は目立ちすぎる。

 奴隷として囚われている竜人族が疲弊している可能性を考えると連れて行きたいところではあるけど見つかるリスクの方を避けることにした。


 こんな時にニャロだったら身軽だったかもしれないなとちょっとだけ思う。

 ラストも夜は得意な方だけどコユキの面倒を見る人が必要だしやはり闇夜での活動はルフォンは頭が一つ抜きん出ている。


 人のいない暗い道を通って奴隷市場近くまでやって来た。

 見張りがリュードたちの目の前を通っていく。


 眠たそうにあくびをしたりタラタラと歩くことはない見張り。

 奴隷が暴れ出す可能性もあるので見張りもちゃんとはしている。


 けれど闇に紛れたリュードたちを見つけることはできない。

 見張りが行くのを待って夜目がきくルフォンが先に出てその後ろをリュードが付いていく。


 闇から闇へと伸びる影のように移動していく。

 探すのは奴隷の管理を担当している者。


 何人かいたのに真っ先にやってきたということは昼間担当した男は他の人よりも高い地位にいるはずだと思うのでその男を探してみる。

 もう帰っている可能性もあるのでとりあえず見張りではなく、奴隷でもない市場の関係者であればいい。


「……人がいるよ」


「ええと……」


 ルフォンの目が人の姿を捉えた。

 リュードにはぼんやりとした人影程度にしか見えなくてもルフォンにはちゃんと顔が見えている。


 目に魔力を集めて強化して人影を見つめる。

 だいぶ闇に目が慣れたはずなのに全くルフォンの目には敵わない。


「あの男だ」


 奴隷市場の入り口付近にある粗末な小屋。

 奴隷市場を案内する人たちが交代で休憩するための場所でその小屋のドア横に寄りかかって目をつぶっている。


 こんなところで人目を避ける必要はないと思うが念には念をで人目をさらに避けて夜に訪れる客もいないことはない。

 そうした客は怪しくはあるけど同時に奴隷は買っていってくれる。


 口止め料代わりにチップ的なものも弾んでくれることが多いので男はみんなが嫌がる夜もこんなところで待っているのだ。

 リュードは近くに落ちていた石を拾い上げて投げる。


「ん…………ジェイマン?」


 小屋にぶつかってカツンと音が鳴る。

 男が音に反応して目を開ける。


 てっきり馴染みの見張りが来たのかと顔を上げてみるけど誰もいない。


「ジェイマン?


 あれ……?」


 でも確かに音はした。

 音の発生源を探して男は体を伸ばしながら小屋の横を覗き込む。


 しかしそこにもジェイマンはおらず、何かが倒れたような音がしそうなものもなかった。


「なんだ?


 まあ……もう一眠り」


「動くな、勝手に話すな。


 もし逃げようとしたり大きな声を出したら首を捻じ切られると思え。


 わかったらうなずく」

 

 低くドスの効いた声を出したリュードが男の後ろに回っていた。

 背中にチクリとした痛みを感じる。


 リュードは後ろから回した手で男の口を掴むようにして覆い、背中に爪を当てていた。

 全く気づかなかったと男は一瞬で恐怖に支配される。


 男は震えるように細かく何度もうなずく。

 ただの案内係の男は口が多少上手くても戦う能力はない。


 相手が武器を持たない奴隷でも勝てると大口を叩けるのは酒の席でぐらいである。

 そのままリュードは震える男を小屋の影に引き込む。


 口から手を離しても男は言いつけを守って声を出さず、振り返ってリュードの様子を確認することもしない。

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