水を守って1
「魔物だ!」
入った先はエントランスホール。
奇襲はなかったが広いホールには魔物がいた。
手足の生えた二足歩行の魚のような魔物。
マーマンである。
先が三叉に分かれた槍を持っていてリュードたちを見るなり襲いかかってきた。
「えいっ!」
特に恐れる相手ではない。
水中ならば脅威ともなろうが地上であればゴブリンに毛が生えた程度の相手でしかない。
ラストの矢がいとも簡単にマーマンの頭に突き刺さる。
魔力を込めなくても容易く深く刺さるので体力や魔力の消耗もない。
それなりに数はいたが他の冒険者たちも苦労せずマーマンを倒していっている。
ヴァネルア周辺には時々マーマンも出る。
なので冒険者たちも戦った経験がある。
仮に経験がなくても難しい相手じゃないけども。
仲間の叫び声を聞きつけてさらにマーマンが集まってくるが数もそんなに問題にはならなかった。
「コーユキちゃーん、こっちもー」
「ダーメ」
「えー……わかったよぅ」
苦戦どころか余裕の戦い。
コユキに強化支援してほしい人がコユキに手を振って見せるが当然強化支援の優先はリュードたちの方になる。
練習として色々な強化を試したりするが薄くみんなを支援するのも大変なのでコユキは負担にならないようにリュード、ルフォン、ラストを中心に強化している。
みんなも分かってはいるけどとりあえずコユキにお願いはしてみるのだ。
コユキの機嫌がよければ強化してもらえないこともないのである。
ニャロは神聖力を温存して治療をメインに視野を広く持って周りを見ている。
コユキが魔物に近づいたり近づかれすぎたりしないようにも気を使ってくれている。
神聖力の支援をしていると自分の立ち位置なんかも忘れがちになってしまうのである。
「これで最後!」
ルフォンがマーマンの首をスパッと切り落とす。
マーマンの死体があちこちに転がっているがこちらに重傷者はいない。
手足はあるけれどこう横たわっていると魚である。
奇妙で気味の悪い造形だとリュードはマーマンを見て思う。
「魔物の気配はありますか?」
「いや近くにはなさそうだ」
魔法使いが魔法で近くの魔物を捜索する。
割とゾロゾロ集まってきていたので近くにはもう魔物はいないみたいである。
「もういい時間ですしここで休みましょう」
リーダーである女性冒険者がここで野営することを提案した。
なかなか難しい判断だと思う。
外はかなり日が落ちている。
城の大きさに惑わされて案外近いと思って城の近くまで寄ってみたけれど意外と遠くて時間がかかってしまった。
本来なら近づく前に野営して朝から行動すべきであった。
けれどもこの異常にいつ変化が起こるのかもわからない。
次の日になると城から水が噴き出している可能性もある。
そうなると城には近づけない。
同様の理由で城の外に野営するのもはばかられた。
水が噴き出た時に城の外では安全だと言えないからだ。
となると城の中で野営することになるのだけど魔物がいてしまったのでここもまた安全とは言えなくなった。
外でも魔物の脅威があるので変わらないといえば変わらない。
でもここらへんの判断は難しいところだとリュードは思った。
ただ今はコユキもいるしミルトなんかも冒険者じゃないので大きな無理はさせられない。
見張りを増やすなどして高い警戒を保ちながら休むしかないと判断した。
眠たそうに目をこするコユキを見れば誰もこのまま進もうなどとは言えない。
若干のコユキ優先もあるが間違った判断でないのでみんな従う。
魔物の死体が近くにあるのは気になるけど安全なんだな場所を探す時間もない。
デカい城のエントランスホールは広いので魔物の死体があるところから離れた場所にテントを張る。
「さすがだな……」
今宵のメインディッシュはマーマンソテー。
何人かの冒険者が捌いてくれたものをじっくり焼き上げたものである。
魔物は毒を持っているものでないなら基本食べられる。
強い魔力を持つものほど美味とされるがマーマンの肉質はほぼ魚と同等。
いや、もうマーマンは魚である。
一応魔物であるので火は通さなきゃいけないのでルフォンがソテーしてくれた。
「いただきます……」
ソテー前の状態が少し顔を上げれば見えるところにある。
それを考えるとためらわれてしまうがみんなはマーマン普通の魚よりも美味いという。
魔力を持っている方が美味いということは普通の魚よりもより魔物であるマーマンの方が美味いのは道理である。
意を決したようにパクリと一口。
「美味いな……」
確かに美味い。
ルフォンやラストもちょっと引いていたけど食べてみると美味いのですぐに慣れていた。
味的にはサーモン的な脂の乗っていて焼いただけでもかなり美味しくいただけた。
マーマンはサケなのかと思ったが何もサケに限らずマーマンにも色々いるらしい。
別のマーマンを捌くとまた別の白っぽい身だったりもしていた。
「大丈夫ですか?」
リュードはどうしても気になったのでミルトに声をかけた。
青い顔をしていて元気がない。
「大丈夫です……」
ゆっくりと首を振るミルトは大丈夫そうに見えない。
ミルトの顔色が悪い原因はマーマンを食べたくないからではない。
この城のせいである。
これまでは神のおわす場所、聖域だと言われてきたのに蓋を開けてみると魔物がいた。
しかもマーマンという低級の魔物。
異常が起きていて一時的に魔物がいるだけなのか、それとも元より魔物の巣だったのか。
魔物の棲家を聖域なんて言って大事にしていたなんてことは笑い話ではない。
だからミルトの顔は青くなっているのだ。
どう報告すべきとか教会の対応とかで頭がいっぱいになっている。
「まだ決まったわけじゃないだろ?」
「そうかもしれませんが……」
人のいない巨大な城。
魔物の棲家となっていてもおかしくない場所だけどそうだと説明のつかないことがいくつもある。
魔物の棲家から綺麗な水が出ていることだったり城そのものが綺麗に保たれている理由など単なる魔物の棲家としちゃ不思議な場所すぎる。
まだ解き明かされていない秘密がある。
リュードの励ましにミルトは弱々しくうなずいた。
ただの魔物の巣窟である可能性も否定できるものではないが不安や心配を抱えても疲れてしまうだけである。
悩むのは調査してからでも遅くはない。
リュードはポンとミルトの肩を叩くと自分のテントに入る。
見張りは比較的後の番なので早めに寝ておくことにした。
ーーーーー
「おい、ケーフィス!」
「神様のことを呼び捨てにして、おいだなんて君ぐらいだよ、そんな風に言うの」
「なら人の安眠妨害すんじゃねえよ!
見張りあるから少ししか寝らんないんだぞ!
ここに来ると寝た気がしないんだよ……」
「ここに来て僕たちと言葉を交わすことに全財産投げ打ってもいい人だってたくさんいるぐらいなのにねぇ。
こりゃまた随分な言いようだ」
「俺はそこに価値を見出していないんでね。
神様なんだろ?
安眠妨害しない呼び出し方を作ってくれよ」
「まあ努力はしてみるよ。
君たちの世界にあった電話があればね、便利そうなんだけどね。
いきなりこの世界に電話なんて持ち出すことはできないから」
大袈裟に肩をくすめてみせるケーフィス。
眠ったリュードは例によって神様の世界に呼び出されていた。
ここはいる時は実家のような安心感があって安らぐのだけどいざ目を覚まして起きてみるとなぜなのか眠った気がしなくてぐったりしてしまう。
今回も日本家屋風の場所。
縁側っぽくて砂利を敷き詰めた枯山水の庭に鹿威しのある池まで完備されている。
なんか来るたびに日本家屋が完成していっている気がする。
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