清らかなる水を生み出す城2

「きゃー!


 可愛い!」


「フッ……」


 ヤレヤレと首を振るコユキ。

 なぜそんなにモテモテみたいな仕草をしているんだ。


「すごいねコユキ」


「なんでラストが誇らしげにゃ?」


「私もそうだけどコユキは色んな人の心をあっという間に落としちゃうね」


 コユキを抱き上げてリュードはルフォンたちのところに戻る。

 リュードに抱き上げられて嬉しそうに笑いながら小さくバイバイと手を振るコユキのファンサービスにまた他の冒険者たちが騒ぐ。


「申し訳ございませんがお1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 透き通るようなライトグリーンの髪の女性がリュードたちに近づいてきた。

 ゆったりとした服を身にまとったこの女性は冒険者ではない。


 名前をミルトといい、聖職者であって冒険者らしくないゆったりとした服は神官の服であった。

 彼女は水神に仕える聖職者。


 調査で川の上流域に行く。

 上流域は水神信仰の宗教にとって聖域となっているので監視や神への報告や許しのために聖職者が同行することになったのだ。


 最近高位の神官になったばかりで面倒ごとを押し付けられた。


「改めてご挨拶申し上げます。


 ウォークア教の聖職者のミルトと申します」


「なんですか、聞きたいことって?」


「コユキちゃ……コホン、コユキさんは何者ですか?


 どちらの神様にお仕えなのでしょうか?」


「何者とは何がお聞きしたいんですか?」


 なぜそんなことを聞きたがるのか理由が分からない。


「いえ、とても強い神聖力を持っておられるので気になりまして」


「コユキはケーフィス神にお仕えしておられるにゃ。


 今はまだ修行中の身で神官としての役職も拝命も受けていないにゃ」


「そうなんですか。


 ニャロさんも聖職者でらっしゃいますよね?」


 ニャロがリュード代わりに答える。

 コユキに所属している宗派はないけれどケーフィス教がコユキを保護してくれるのでケーフィス教に所属していると言ってもいい。


 ケーフィスを信じているのではないがそんな細かいことケーフィス教はこだわらない。

 だからニャロが矢面に立ってくれた。


「申し遅れましたにゃ。


 私はニャロ・シャロエア・ニックキュにゃ」


「シャロエア……せ、聖者様でしたか」


 ケーフィス教では聖職者になると思わず拝命と言って名前が与えられる。

 それは聖職者に画一的に与えられるもので女性の聖者だとシャロエアになる。


 聞いてパッと聖者だと分かるあたり真面目に勉強している聖職者だ。

 もし他の人が自分の名前でもないのに勝手にシャロエアを名乗ると教会に追われることになる。


 ミルトはニャロが聖職者なことは分かっていた。

 戦いの中で神聖力を使っているし振る舞いが冒険者っぽくない。


 しかしこんな場面で聖者ですと名乗らないし聖者だと名乗るも同然のシャロエアだとも名乗らない。

 途端にミルトは緊張しだす。


 神に愛された者である聖者は尊敬されるべき者であり他宗教であるが格式は聖者ははるかに高い者である。

  

「失礼をお許しください」


「別に失礼なことなんてないにゃ。


 私もコユキのことを知らなかったらきっと不思議に思うにゃ」


 聖派の一派として見られることもあるウォークア教はその職責で考えるとケーフィス教とあまり変わらない。

 高位神官と聖者では聖者の方が格上になる。


 仮に失礼だったところで他宗教だしニャロに出来ることなんて教会を通じて文句を言うぐらいしかない。

 しかし聖者であることを鼻にかけてそんなことをするニャロでもない。


「コユキさんの方が聖者かなと思いまして……」


 神聖力を扱うミルトにはコユキの神聖力がいかに強いか分かっている。

 しかしこんな幼くて強い力を持つ聖者がいれば噂になっているはずだ。


 特にコユキは見た目も良くて絶対に耳に届くほどの存在になっていると確信を持って言える。

 けれどコユキのことをミルトは知らない。


 新しい聖者の誕生は話題になって然るべきなのに。

 だから興味を持ったのである。


「あとは最近敵対している宗教もあるので……」


 水を信仰している宗教というのもいくつか種類がある。

 水を広く司っているのがウォークア教であるが例えば海とか湖とかを信仰しているところもあれば全く異なる水の神を信仰している人たちもいる。


 ウォークア教は水を信仰する宗教として主な宗教であって他の水を信仰する宗教にも信者を広げて自分たちがメインの宗教になりたいなんて野望を持っている人や宗教がいる。

 最近そうした野望を持って攻撃してくる宗派があった。


 だから正体不明の聖職者をほんの少し警戒もしたのである。


「大変ですね」


「コユキ、良い子!」


「そうですね……コユキさんを疑うなんて私が馬鹿でした。


 ごめんなさい」


「だいじょーぶ!」


「まあ本人もこう言っているし気にしないでください」


「ありがとうございます、コユキさん」


「ちゃん!」


「コユキ……ちゃん」


 みんなコユキをコユキちゃんと呼ぶ。

 最初ミルトもコユキちゃんと言いかけていた。


 コユキ自身もさんなんて他人行儀な言われ方よりもちゃん付けの方がいい。

 大海のような広い心にリュードもホッコリする。


「そんなに警戒するほど狙われているの?」


「最近水に関わる宗教の1つの過激派の動きが活発化しているらしいのです。


 具体的に何かされたのでもないですがこちらから手を出すわけにもいかないですしピリついているんです」


 肩をすくめるミルト。

 そこらへんのいさかいに巻き込まれたくはないけど嫌だと言っても相手には通じないだろう。


「水神ウォークアも大変だにゃ」


「ケーフィス教の聖者様がいらっしゃったのって……」


「ニャロでいいにゃ。


 私がここに来たのは偶然でヴァネルアが困っているのを見過ごせなかったからにゃ!」


「なるほど。


 それは非常に助かります」


 いかにもケーフィス教らしいニャロ。

 ウォークア教も清らかな精神や流れる水のようにゆっくりでも前に進むことを信条としているがニャロのような積極性まではない。


 困っている人を見過ごせないなんて理由、他の人なら疑うがケーフィス教の聖者ならと思える。

 

「ケーフィス様に感謝を」


「これは私が個人的にやってることだから私に感謝するにゃ!


 ひいてはリュードに感謝するにゃ!」


「ははっ、ニャロさんありがとうございます。


 リュードさんたちも教会の関係者ですか?」


「ケーフィス神の良き友にゃ」


 良き友とはその宗教と協力関係にある者のことを指す言葉である。

 怪しい言葉ではないが細かな事情には突っ込んでくれるなという遠回しな意図が含まれている。


 友ではなく良き友なので関係性の深さもアピールできる。

 そう言われてはミルトと深く踏み込むことはできない。


「何はともあれ、心強いお味方で安心しました。


 調査につきましてよろしくお願い申し上げます」


「依頼はもう引き受けたんだ。


 協力は惜しまないさ」


 ーーーーー


 なぜ川の上流が聖域と呼ばれているか。

 それは上流をさかのぼった川の始まりに理由がある。


 川の始まりといえば山などがあってそこから湧き出た小さな水がだんだんと大きくなって、のような形が一般的である。

 しかしこのステュルス川はただの川ではない。


 その川の始まりからして普通の川とは一線を画しているのである。

 川の端にあるのは巨大な湖。


 ヴァネルアから見ると多少登ってきたものの山というほどには標高もない場所にたっぷりと水をかかえる大きな湖があり、そこから流れ出した水がステュルス川となっているのである。

 ではその湖にはどこから水が流れ込んでいるのか。


 湖はステュルス川の他に繋がっている川などはない。


「あれは…………なんなんだ」


 その代わりに湖の奥側には大きな城がある。

 そしてそこから大量の水が噴き出しているのであった。

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