白き姫を取り戻せ1

「そろそろ変わってきたな」


 ポツリと周りを見ていたウィドウがつぶやいた。

 本当に周りを見ているのだなと感心する。


 言われてよく見てようやく分かった周りの変化。

 これまではただただ平坦な地形だったのにほんの僅かに下が隆起しているところが出てきていた。


 真っ白な世界なのでとても分かりにくい変化だった。

 ダンジョンにおいて地形が変化してきているということは大体の場合出てくる魔物にも変化が起こる。


 ケフィズサンがボスレッドットベアを倒してさらに進んできたリュードたちは気を引き締める。

 進んでいくにつれて段々と地形が変わっていく。


 いつの間にか歩く地面は緩かに傾斜になっていき、ただの雪原が岩肌が露出した雪山になっていた。

 白一色だった景色に暗い岩肌が見えるようになるとレッドットベアは見なくなった。


 道は分からないけど変化が大きくなる方に向かうのがダンジョンの正攻法になる。

 今回だと傾斜を上っていく方向に進む。


 これまで天候は安定していたのにやや薄暗くなってきて雪が舞い始めた。

 天候が悪くなってきたせいか気温が下がったような気がする。


 リュードは来ている発熱するインナーに強めに魔力を込める。

 これがなかったらリュードは防寒具で雪だるまのようになって移動していたことだろう。


 そんなに上がってきたようにも思わなかったが景色がだいぶ山の上に来たような雪の山岳地帯となって完全に違う場所に来てしまったと錯覚するほどだ。


「……来たぞ」


 ルフォンのミミがひくひくしていたので予感はしていたリュード。

 わずかに聞こえていたリュードたち以外の雪を踏み締める音。


 いつ頃からか感じていた視線と気配。

 一際広いところに出て相手は動き出した。


「スノーケイブ……あまり美しくない見た目をしているな」


 そりたった岩の後ろから飛び出すように白い塊が降りてきた。

 リュードたちを囲むように着地したスノーケイブたちはゆっくりと立ち上がった。


 サルというより非常に毛深い大柄な男性のような姿の魔物であるスノーケイブ。

 リュードの第一印象は雪男がいたらこんな感じだろうなである。


 前世での小さい頃に見た雪男のイメージ図が近い。

 10体のスノーケイブはその毛深い顔を歪ませた。


 威嚇の顔なのか、笑っているのか知らないけど見ていて気分が悪くなるお顔である。

 レッドットベアほどすぐに襲いかかってこないが友好的な態度には見えない。


「先制攻撃だ!」


 ウィドウが剣に炎をまとわせ上に打ち上げる。

 派手な音と爆発にスノーケイブの視線が上を向く。


 その隙を突いてラストも含めケフィズサンの魔法使いも攻撃をする。


「ファイアアロー!」


 魔力は高めてあったので発動は早い。

 一瞬で5本の炎の矢が生み出されて1体のスノーケイブに向かって飛んでいく。


「甘いな!」


 少しタイミングをずらして打ち出した炎の矢が迫り、スノーケイブは見た目から想像できない俊敏さでもって回避した。

 攻略不可ダンジョンの魔物がそう簡単に倒せるなんて思っていない。


 魔法使いは魔法を完璧にコントロールしてこそ一流である。

 真っ直ぐに飛んでいた炎の矢がギュンと曲がった。


 かわしたスノーケイブのことを追跡するがタイミングをずらして打ち出したので少しずつズレて炎の矢がスノーケイブに襲いかかる。


「チッ、やはり楽にはやらせてもらえないか」


 スノーケイブは拳を振り回して炎の矢を殴り落として消してしまう。

 攻撃速度だけで見るならレッドットベアよりも早い。


 戦いは始まった。

 1体のスノーケイブが雄叫びを上げて他のスノーケイブも続く。


 声に魔力が込められていて初心者冒険者ならそれだけで戦意を失っただろうがリュードたちには通じない。

 むしろうるさい鳴き声にルフォンは苛立ちを覚えていた。


「行くぞ!」


 前衛が後衛のみんなを守るように囲む。

 さらにその周りをスノーケイブが囲んでいて迫ってくる。


「くっ……速いな」


 ウィドウがスノーケイブの拳をかわして反撃で切りつける。

 まるでここが雪もない平地かのようにスノーケイブは動き、その速度は油断ができない。


「防ぐんだ!


 狙いはブレスだ!」


 ブレスとは炎の矢を放った魔法使いである。

 スノーケイブの視線の向きや動きがおかしいことに気がついたウィドウ。

 

 7体が大きく攻撃して前衛を引きつけて残る3体がその上を飛び越えた。

 思わぬ速さと力強さに突破されてしまう。


「猿知恵を働かせたな!


 しかし惜しかったな!」


 賢い作戦だ。

 普通の冒険者なら狙いは上手くいって怪我人が出ていたことだろう。


 けれどいまはただのパーティーではない。

 後衛顔して下がっていた中にはダリルとハルヴァイがいた。


 前に出て戦ってもいいしケガの治療や強化の支援などもできるので下がっていたのだ。


「私もいるよー!」


 ラストは腰に差していた剣を抜く。

 リュードに貰った赤い剣。


 ラストが魔力を込めると剣の赤みが増して強く熱を帯びる。

 後ろにいるから貧弱な後衛。


 そう思っていたスノーケイブは容易く倒せると構えたダリルの盾を叩きつける。

 どこからか得た知識だが基本は間違っていない。


 一歩前に出たダリルではなくブレスなら盾を持っていてもそのまま殴り倒されていたかもしれない。

 ただ相手はダリルだ。


 押し切れると思っていたスノーケイブは返ってくる衝撃に怯んだ。

 かなりの力で攻撃したのにダリルは全く崩れない。


 レッドットベアよりも単純な力は弱い。


「フン!」


 ダリルがメイスをなぐ。

 後衛の攻撃などさほどでもない。


 怯んで回避が間に合わないがスノーケイブは焦りもしていなかった。

 まともにスノーケイブの脇腹にメイスがクリーンヒットする。


 鈍い音がしてスノーケイブが大きくくの字に曲がる。

 弾丸のような勢いで飛んでいき他のスノーケイブが慌ててかわす。


 壁に激突したスノーケイブは驚愕に目を見開いたまま動かなくなった。

 防御力もレッドットベアより低い。


「ドリャー!」


 ニャロの強化を貰ったラストがスノーケイブを切りつける。

 まだちょっと戦いとしては危ういがニャロの強化のおかげでラストもスノーケイブに十分ついていけている。


 リュードの剣は一撃が重たいがラストにそれをマネさせるのは酷である。

 どちらかといえば師匠のウォーケックに近いような速さを重視した剣をリュードはラストに叩き込んでいた。


 かわして切り、切ってかわす。

 無理な攻撃はしないで次の動きも意識しながら高速でスノーケイブを切りつける。


 浅い傷が増えてスノーケイブが苛立ちと痛みで顔を歪める。

 ラストの剣の特性として焼け付くような熱を持っているので切ったそばから傷口が焼けてスノーケイブの回復を阻害する。


 後衛のくせに戦える。

 不利を悟ったスノーケイブは大きく跳び退いて後衛狙いをやめようとした。


「どこに行く?」


 けれどもスノーケイブの後ろにはもうダリルがいた。


 レッドットベアのような耐久力がないならダリルの怪力は威力は十分に発揮する。

 振り下ろしたメイスがスノーケイブの頭を砕く。


「ダリルさん、ナイス!」


「ラストは剣もいけるのだな!


 頼もしい限りだ!」


 同じく後衛に下がっていたハルヴァイもスノーケイブ1体を1人で相手取っていた。

 ラストも速かったけどまだまだ経験不足。


 狙いも甘く、強化ありきの動きだったがハルヴァイは経験がある。

 双剣なこともあるが体の動かし方が上手くラストよりも素早く深い攻撃を繰り出している。


「逃がさないよ!」


 ラストが相手にしていたスノーケイブと同様に跳んで逃げようとしたがハルヴァイは逃がさない。

 突き出すように投げた剣がスノーケイブの喉に突き刺さる。


 体から力が抜けて跳び退けなかったスノーケイブにハルヴァイは素早く距離を詰めて剣を抜き取る。


「安らかに眠りなさい!」


 ほっといても死にそうだけど瀕死でも魔物は何かしでかすかもしれない。

 苦しまないようにトドメを刺してやることが戦いにおける慈悲でもある。


 スノーケイブの首を刎ねる。

 結局内側に入り込んだスノーケイブたちはあっさりと返り討ちにされてしまったのである。

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