せめて見つけてあげたい3

「でもウメハトさんはいきなり襲われたって言ってるんでしょ?」


「ああ、だからギルドの方も疑問に思ってるらしい。


 そもそもここら辺でキラービーなんて見られたことはないみたいだしな」


 町で買ったハチミツはキラービーの巣から盗んだもの。

 昔からキラービーがいるこの森ではハチミツを盗み出して売ることが一部の冒険者の間で行われている。


 そのためにキラービーについてはギルドもよく把握していて巣の場所や生息域なども知っている。

 町に住んでいたらキラービーのことは耳にする機会はあるのでウメハトたちもキラービーのことは知っている。


 なので面白半分や焦っていても先に手を出すとは考えにくくもあった。

 離れたところにキラービーを見ることはあり得ても、遠くから脅威にならない人間をわざわざ襲いにくることは話に聞かない。


 今回の依頼もウメハトの仲間たちの捜索がメインだけどついでに周辺の調査も依頼されている。

 特に痕跡を残す魔物ではないので痕跡を探すのは難しいがキラービーもいないし、巣など作ろうとしている様子もない。


 平和に見えて毒に冒された死体がなかったらキラービーがいたなどとも思えない。


「聞こえる……」


「ルフォン?」


「羽音が聞こえるよ」


「羽音……あっ」


 ところがふとルフォンがミミをすませた。

 遠くからわずかに羽音が聞こえる。


「いやーな音だね」


「あっ、あれ!」


 リュードやラストの耳にも音が聞こえ始める。

 羽音は1つ。

 

 体に響く細かく振動するような音が聞こえてきて、空に視線を向けた。

 黄色と黒の危険を煽るような目立つカラーの魔物が飛んでいるのが見えた。


「隠れるんだ」


 リュードたちは体勢を低くして木の影に身を隠した。


「どうする?」


「……見つかってないようだし見に行ってみよう」


 キラービーは少しずつ高度を落としている。

 もしかしたら近くにウメハトの仲間がいるのかもしれない。


 キラービーはリュードたちに気が付いていないようなので危険は承知で様子を伺うことにした。

 隠れながらの移動ではあるけれど派手に羽音が聞こえてくるので音の方に向かえばよかった。


 まさしく蜂であった。

 大きくても限度があった前世の蜂と違って人ほどの大きさもあるキラービー。


 小さくても脅威だったのにあれほどの大きさになると危険な存在であることは間違いない。

 蜂を知っているだけにリュードは渋い顔をした。


 キラービーは地面付近まで下りてゆっくりと飛んでいる。


「どうするつもりだ?」


「確実にキラービーだと言えるしここは退いてギルドに報告を……」


「リュード……あそこに人が」


「なに?」


 パッと見た時にリュードは気がつかなかったけれどキラービーの近くの木の根元に人が寄りかかっているのをラストが気づいた。

 キラービーが近くにいても動かず項垂れたように寄りかかっている姿を見るにどんな状態なのか言うまでもない。


「……キラービーを倒そう」


 しかし確認もしない前から希望を捨てることはできない。

 生きている可能性があり、何かの事情で動けないことも考えられる。


 このまま放ってはおけない。


「デルデは下がってて。


 攻撃は絶対に回避するんだ」


 ルフォンとラストがうなずく。

 キラービーは危険な魔物である。


 今は毒に対する手段もなくて攻撃されて毒にさらさられると命を脅かされる。

 けれど相手は1体だけしかいない。


 他に羽音は聞こえないし乱入してくる危険はない。

 キラービーを倒せればキラービーがいたことの確実な証明になるし、今後死体を回収しにくる人たちの安全を確保することにもつながる。


 キラービーはリュードたちに気づいていないし奇襲するのに絶好のタイミングである。


「ラスト撃ち抜いてくれ。


 ルフォンは万が一のフォローを頼む」


「分かった」


「りょーかい」


「ワシは大人しくしておこう」


「頼むよ」


 デルデの現在の武器はハンマーである。

 威力はあるけど速度は遅くキラービー相手には相性が悪い。


 リスクは避けるべきなのでデルデも大人しく木の影に隠れておく。


 リュードは出来る限り気配を消してキラービーにバレないようにしながら接近していく。

 キラービーの羽音が大きいために音的な側面は大きく気にしなくてもいい。


 羽音で耳が揺れるような距離まで近づいてきたけれどそこから木がまばらになって接近が厳しくなった。

 これ以上の接近はバレてしまう。


 リュードはキラービーから視線を外さず軽く手を上げてルフォンとラストに合図する。


「ウォーターバインド!」


 魔法とはほとほと不思議なものである。

 自分の体の中にあるエネルギーを自在に操ることができるなんて前世の常識では考えられない。


 そのエネルギーを変化させて火や電気、あるいは水にも出来るなんてこと憧れるファンタジーで、今リュードはそんな世界にいる。

 リュードの魔力がキラービーの下の地面のところまで飛んでいく。


 そして魔力が変化をして水になる。

 触手のように細長く形を成した水は地面から伸びてキラービーの体に絡みついた。


 練習してきた水の魔法である。

 雷属性の魔法でもよかったけれど距離が開けば開くほど雷は拡散して魔力の消費も激しくなる。


 音もするので気づかれてしまうこともあり得る。

 キラービーの能力が分からないのでここは覚えたてでも水属性の魔法を使った。


 グッと地面に引き寄せられてバランスを崩しながら着地するキラービーにリュードが飛びかかる。

 状況が分かっていないキラービーに素早く近づいてリュードは羽を1枚切り裂いた。


 再び飛ぼうと試みていたキラービーは痛みと羽を失ったことで地面に転がって水の触手に完全にキラービーを拘束した。


「ラスト!」


「分かってる!」


 キラービーは強い魔物なので固いことも想定される。

 ラストは目一杯弓を引き絞り矢に魔力を込める。


 バランスを崩して地面に伏せるキラービーは格好のラストの的である。

 ラストが弓の魔力を抜きながら矢から手を離す。


 リュードでも対応が難しいほどの速度で矢が放たれて真っ直ぐにキラービーの頭に向かった。

 頭に当たった矢はそのままキラービーを貫通すると遠く離れた木に刺さった。


 リュードの魔法による水の拘束が解けるけれどキラービーは動かない。

 頭を貫かれては生きているはずもないけれど剣を構えて警戒して近づく。


 ちょんちょんと剣先でキラービーを突いてみてもピクリとも動かない。


「うー、めんどくさ!」


 キラービーは死んだ。

 リュードたちがキラービーの死体を袋に詰めて吊るす間ラストは矢を取りに走った。


 思っていたよりもキラービーの体は固くなかった。

 速さと攻撃力を重視するキラービーの体は速さのために軽くて防御力が低かったのである。


 木の根元にいた人はすでに亡くなっていた。

 身元を確認するとウメハトの仲間で申し訳ないけれど木に吊るしておいた。


 一度リュードたちは帰ることにした。

 いい時間であるしキラービーがいたことを早めに報告しておく必要があると思ったからである。


 死体の回収のために集める冒険者も相応にキラービーに対応できる人を揃えなきゃいけなくなる。

 キラービーの死体は思っていたよりも軽かった。


 冒険者ギルドに帰ってきたリュードが抱えていた袋を見てギルドの面々はリュードがウメハトの仲間の死体を持って帰ってきたのではと期待した。

 開けてびっくりキラービーで冒険者ギルドには緊張が走った。


 何人かの死体を見つけて木に吊るしておいたことを報告して吊るした場所に印をつけた地図をギルドに返す。

 キラービーは群れで暮らす魔物なので1体だけども考えにくく、他にいる可能性も十分にある。


 より慎重で詳細な調査も必要そうだ。

 リュードたちは期待以上の成果を上げて帰ってきた。


 残る死体も1人だけなのでそちらの方は冒険者ギルドの方で探すことになり、死体の回収に向かった冒険者たちが見つけることとなった。

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