甘く、のんびりと4

 琥珀色の液體が入った小瓶をルフォンたちに見せる。


「ハチミツだって?」


 しかしそれに食いついたのはリュードであった。

 前の世界ではハチミツはありふれた存在であったがこの世界ではそうもいかない。


 小型の本當にただの蟲っぽいものもいるがそうしたものでも魔力を持っているので魔物、というかこの世界の動物は人も含めて全部魔物と言えるのだ。

 ハチ系の魔物は蟲の中でも戦鬥力が高いためか魔力の保有量が多く、大型化しやすい傾向にあり、養蜂に向いていない。


 ハチも兇暴である場合が多くてとてもじゃないが人がコントロールして飼っていられる相手じゃないのだ。


 そのためにハチミツは野生のものがいる場所で、冒険者などが命懸けで掠め取ってくるものなのだ。

 ハチを倒してもいいけどやっぱりハチミツの需要はあるので數が増えた時以外は倒さずハチミツだけを盜み出すのである。


 そんなことを専門に行うミツ屋なんて呼ばれる冒険者もいるのだ。


 リュードのいた森にはハチ系の魔物はいなかった。

 これまで旅してきたところにもいなかったのでハチミツにお目にかかることがなかった。


「おっ、お兄さんハチミツに興味あるのかい?


 どうだい、後ろの綺麗なお嬢さん方にプレゼントするってのは?」


 女性ではなく男性の方が釣れた。

 多少の驚きはありつつも商売人はこれぐらいじゃ動揺もしない。


 サッと対象を変えて上手い売り文句をリュードにぶつける。


「ハチミツってのはね、美容にも良くて、それでいながらなんてたって甘いんだ!


 美容に良いものなんて大概まずいがこれは毎日でも続けられるからね!


 ちょーとばかり値が張るが貰って喜ばない女の子なんていないよ?」


 このままならいけそうだと思った男はたたみかける。

 悩み方を見れば買いそうか、そうでないかは分かる。


「リューちゃん?」


「何本ありますか?」


「おっと、今は5本ありますよ。


 ちゃんとお嬢さん方に1本ずつ買っても……」


「全部ください」


「えっ……」


「5本全部ください」


 値段も聞いてないのに。

 ピッと指を立てて5を表すリュード。


 ルフォンやラストも驚いた顏をしている。

 財布のヒモはやや固いと言えるリュードがサラッと財布を開いた。


 散財はしないけど必要なところで使うし、ルフォンたちにもよく分からないところでも使う。

 今回はよく分からないところだった。


「ま、毎度あり!」


 予想外のご購入だがお高めの商品がまとめて売れて男も嬉しそうにする。

 ハチミツを受け取ったリュードは4本をしまうと、1本の瓶の蓋を開けて指先でハチミツを掬う。


 トロリと粘度のある液體。

 甘いと言っていたし食べられるものであることは間違いない。


 パクリとハチミツのついた指を咥える。


「うん!」


 甘い。

 それでいてクセがなく、奧の方に花だろうか、少し果汁にも近いような爽やかな香りがしている。


 砂糖とはまた違う甘味。


「そ、それ何?」


 満面の笑みを浮かべるリュード。

 身近にハチミツなんてものがなかったのでルフォンたちはハチミツと聞いてもそれがなんなのか分からない。


 デルデは蜂蜜酒なんてものを知っているので多少は知っているがハチミツそのものを見るのは初めてだ。

 リュードが食べて美味しいなら信用もできる。


 甘いと言っていたハチミツがどんな味なのかルフォンも興味津々である。


「ほれ、舐めてみ?」


 もう一口とハチミツを掬っていたリュードがちょっと気分が良くなってそのまま自分のハチミツのついた指を差し出した。

 なんというか冗談みたいなもので軽い気持ちだった。


「ハム……んっ、甘い!」


「ル……」


 しかしルフォンはなんの躊躇いもなくリュードの指をパクリと咥えた。

 少しざらりとした舌がリュードの指先を舐めてハチミツがあっという間になくなる。


 すぐにルフォンの口の中に甘さが広がり、もう少しハチミツの甘さを探してリュードの指をまた舐める。

 果物のような香りがありながら強い甘さがあり、でも果物や砂糖とは違う。


 ほんの一瞬リュードの指だから甘いのかな?なんて思ったけどリュードの指は流石に甘くなかった。


「ルフォン……」


「ハチミツって……甘いんだね」


 リュードは顏を赤くした。

 甘いのはお前さんたちじゃないかとデルデは小さくため息をついた。


 ふと別れた奧さんを思い出す。

 人前であんなことをできるぐらいだったら今でも別れることなく続いていただろうか。


 いや、あんな真似できるわけがない。


「むっ……リュード!


 アーン!」


 ちょっと不機嫌そうな顏をしてラストがリュードに迫る。

 ラストもハチミツが食べたいことは分かるがその要求の仕方はどうだろうか。


 口に流し込めばいいのではないことはリュードにもちゃんと分かっている。


「ラ、ラスト?」


 思わず里返るリュードの聲。


「ルフォンにして、私には出來ないっての?」


 ルフォンと同じ食べさせ方をしろと言うのだ。


「う……じゃあ、分かったよ」


「ダメ」


「どうした?」


 ハチミツを掬おうとしたリュードの手をラストが止める。


「こっちの手で取って」


 それではルフォンと間接キスになるではないか!

 逆の手でやりなさいと言われて困惑しながらラストの言う通りにする。


 ハチミツを掬った手をラストはガッチリと押さえて指を咥える。

 一瞬そのまま噛みちぎられるのではないかと恐怖すらリュードは覚えた。


 ちょっとルフォンより激しく舐める。

 口の中のことなのでルフォンがどうしていたかは見えないし、ラストがどうしているかも見えない。


 少しくすぐったさあって背中をむずむずさせる。


「うん、甘い……ね」


 チュッと音を立てて指から口を離すラスト。

 よく分からない対抗心でよく分からず変なことをしてしまった。


 真っ赤になったラストはもはやハチミツの味なんてわかっていなかった。


 ルフォンの舌はざらりとしたような感觸だけどラストの舌は滑らかでそれぞれに異なっていた。

 女の子に指を舐められるなんて経験したこともないリュードは妙なドキドキ感に襲われていた。


 ただしそんなことをしているのはハチミツを売ってくれた露店の前。

 商人の男は目の前で繰り広げられる艶かしい行いに顏を赤らめていた。


 後に、戀人に指につけたハチミツを食べさせるイチャつきが男女の間で流行することになるのだけど、それをリュードたちは知る由もなかった。


「バカモン!


 ワシはいらんぞ!」


 この流れはもしかしてデルデも、なんてリュードが恐る恐る視線を向けたがもちろんそんな行為するはずがない。

 男の指を舐めるなんてゴメンだ。


「ま、まあ2人にも1本ずつあげるから気に入ったなら好きに食べてよ」


「ありがとう、リューちゃん!」


「うふふ、指は貸してくれないの?」


「顏赤くして何言ったんだよ」


「これでお果子作ったら美味しいかな?」


 2人はかなりの上機嫌。

 そしてリュードは両手の人差し指を伸ばしたままという変な手の形のまま買い物を続けることとなったのであった。


「くぅ……甘いのはハチミツだけじゃなかった……」


 売りつけるのには成功してハチミツは売れたがなんだかひどく負けた気がした商人の男だった。

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