第六章

封鎖された国1

「殺される……よなぁぁぁぁぁ」


 深いため息をついたリュード。

 せっかくルフォンとラストと再会し、トゥジュームを脱したリュードたち一行であったがリュードの足取りはやや重い。


 リュードの愛剣である真っ黒な刃をした黒剣はデルゼウズの最後の足掻きによる一撃で折れてしまった。

 乗っけて、そっと手を放してみても当然くっつくはずもなく。


 ラッツの親父さんが心を込めて打ってくれた一振りを折ってしまった。

 なによりも自分の武器を雑に扱われることを嫌うラッツの親父さん。


 リュードが子供の頃の話だがふざけた扱いをして剣をダメにしてしまった人がいたのだけれど、たまたま使っていた剣がラッツの親父さんの作ったものであった。

 直してもらおうとラッツの親父さんのところに持っていったのだけれど経緯を聞いたラッツの親父さんはとんでもなく怒ってしまった。


 剣を直すどころか槍を持って剣をダメにしてしまった人を追いかけ回していた。

 子供ながらにちょっと怖かったのを覚えている。

 

 大事にしろよと何度も念押しされた剣なのに折られてしまったなんてラッツの親父さんが知ったら怒り狂うこと間違いないと思った。

 しかし剣が折れましたとオメオメと村に帰ることはない。


 村までは相当遠いし、ラッツの親父さんのこともある。

 それにそんなことで一々帰ってはいつまで経っても村離れが出来なくなる。


 運が良いのか悪いのか、リュードたちは元よりティアローザの王様であるヴァンにご紹介いただいてドワーフの国に向かうところであった。

 トゥジュームで攫われて悪魔と戦うなんて寄り道と言っていいのかも分からない長い寄り道をすることになったが当初の予定通りドワーフの国に向かうことにした。


 剣をメンテナンスするつもりだったが剣を直してもらわねばいけなくなった。

 ある意味でタイミングが良いと言えるかもしれない。


 けれど旅路を特に急ぐことはない。

 トゥジューム国内から出るときはさっさと出たかったので急いだけどトゥジュームから出たらあとはのんびりと旅をする。


 一応予備の武器はあるので大きく困ることもない。


 それでもだいぶドワーフの国には近づいてきた。

 ラストもすっかりと慣れっこになった野営の準備をしてルフォンが料理の腕を振るう。


 日が落ちてきて薄暗くなってきたので焚き火の明かりを頼りに食事を取る。

 しばらく大きな街に寄れていないので食料の残りが心もとなくなってきた。


「た、助けてくれぇ!」


「なんだ?」


 野太い声がどこからか助けを求めている。


「よいしょ」


 ルフォンが近くにあった木の上に登って周りを見渡して確認する。


「どうだ、何か見えるか?」


「んー見えな……あっ!


 あっちの方、魔物に追われてるみたいだよ!」


「分かった。


 ……さて、どうするかね?」


 こんな時に3人というのは少し不便である。

 1人と2人に分けると1人の方は不安であるし、かといって3人まとめて動いてしまうと野営の準備で置いてある荷物が心配。


 4人なら半々でいいのだけど悩ましいところだ。


「おーい、こっちだ!」


 仕方ない。

 リュードは火の魔法を打ち上げながら声をかけた。


 ルフォンから見える距離なら声も聞こえるし魔法も見えるはず。

 行けないなら来てもらおう。


 あちらが無視するならこちらとしても無理に助けに行くことはない。


 呼び込むことのリスクは当然にあるけれど3人いて敵わない相手ならどの道呼び込まなくても危険は変わらない。


「気づいたみたい。


 こっち来るよ」


 魔法か声かは知らないが気づいた。

 魔物に追われながらリュードたちの方に走ってくるのは異様に背の低い男であった。


 その後ろにはトカゲのような魔物。

 背中が金属のような鉱物が生えている不思議なトカゲはもうほとんど男に追いつきかけていた。


「助けはいるかー?」


「見たらわかんだろ!


 助けてくれぇ!」


 言質は取った。

 とっさだったからか雑な言葉遣いだけどちゃんと助けを求められた。


 世知辛い世の中、助けたとて後で文句を言う輩もいる。

 ちゃんと助けてくれと言われたから助けたのだと言えることも必要なのである。


「うぇ、硬いよ!」


 助けを求める声とほとんど同時ぐらいにはルフォンは動き出していた。

 木の上から飛びかかって、勢いを活かしてトカゲの背中にナイフを突き立てた。


 金属同士がぶつかるような甲高い音がして、ルフォンのナイフが弾かれた。

 見た目に金属っぽかったが手応えで分かる。


 まさしく背中は何かの金属である。

 非常に硬くて簡単には刃が立たなそうである。


 横をすり抜けて逃げる男と入れ替わるようにリュードが前に出る。


「マジか」


 ルフォンに気を取られて視線をそちらに向けたトカゲの頭にリュードが剣を振り下ろした。

 背中だけでなく全身硬いのか。


 リュードの一撃はトカゲを切ることができず、剣で殴りつけたようになるだけになった。

 一瞬殴られた衝撃でグラついたが大きなダメージはないようで頭を振っただけで立ち直ってしまった。


 トカゲが攻撃の対象に選んだのはリュード。

 地面を蹴って飛びかかり、鋭い爪でリュードを切り裂こうと狙う。


 リュードはそれを剣で防いで体に力を込めてトカゲを押し返す。

 爪で切り裂く、尻尾で叩きつける、噛み付く。


 幸いにしてそれほど動きが俊敏なわけではない。

 攻撃パターンを見る限り特別な攻撃もない。


 しかしながらただただ硬い。


 トカゲの動きを見ながら軽く反撃でトカゲの体を切りつけた。

 けれどどこも硬くて傷もつかずダメージもない。


「なら!」


 こういう相手に定石なのは魔法である。

 全身が金属質な相手。


 もしかしたらと思って雷属性の魔法を放つ。

 様子見程度の弱めの電撃であったけれどトカゲは電撃を受けて激しく全身をビクビクと震わせた。


 金属質なためなのか、魔法に弱いのかはハッキリしないけれど雷属性の魔法はトカゲによく通るようだ。


「逃がさないよ!」


 不利を悟ったトカゲは痺れから立ち直るとさっさと逃げようとした。

 そんなトカゲの鼻先に矢が着弾して爆発する。


 ダメージはなくても目の前で爆発が起きればノーリアクションではいられない。

 怯んで足が止まったトカゲに駆け寄ったリュードはその尻尾を掴んで握りしめた。


 そして思いきり電撃をトカゲに流す。

 一度電撃を食らってしまうと筋肉がビクビクと動いて体が自分の意思では動かなくなる。


 トカゲも逃げたくても足が動かず逃げられない。

 反撃しようにもブルブルと震える体を制御できずにただ電撃にさらされ続けリュードの方を振り向くことすら不可能であった。


 表面は丈夫であっても中身は違う。

 電撃を流していると耐えきれなくなったトカゲが急に白目を向いて倒れて動かなくなった。


「死んだ?」


「分からん。


 とりあえずトドメは刺しておこう」


 口の端から小さく黒い煙を吐き出しているトカゲ。

 最低でも無事ではなさそうだけれど死んだかどうかまでは分からない。


 リュードは剣先を下にして両手で柄を持つ。

 高く剣を上げて、全力でトカゲの首に向けて剣を振り下ろした。


 かなりの手応えがあったが皮膚が裂けて剣が入り始めると中はやはり他のトカゲと変わらずブスリと剣が刺さった。

 硬くても腰を据えてしっかりと力を込めれば金属の塊である剣には勝てはしない。


 やはり死んでいたのか剣が突き刺さってもトカゲはピクリとも動かなかった。


「ふう、こんな時間に何だったんだ」


 剣を引き抜いて、軽く振って血を払う。

 そろそろ寝ようかとも思っていたのにすっかり目が冴えてしまった。


「助かったよ、ありがとう若いの」


 ラストのさらに後ろに隠れるようにしていた男が出てきた。

 リュードの腰ぐらいまでしかない身長、豊かなヒゲ、屈強そうな体つきをした男にリュードはすぐにピンときた。

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