自由を取り戻し2
ベッドの上で寝ていたのは1人の女性だった。
問題なのはその見た目である。
その女性はリュードたちが見えていなかった。
見ることができなかった。
全身が石化し、残されたのは顔部分ぐらいしかないほど石化が進んでいた。
胴体だけでなく、首周りまで石化しているのでただただ天井を見上げる他になく、リュードたちの騒がしい声も耳が石化していてあまり聞こえていなかった。
部屋に漂う臭い以上に顔をしかめたくなるほどの状態だった。
堪えきれずにウバが涙を流し始める。
「ある時いきなり発症し始めて、いろんなお医者様を呼んでようやく病名だけが分かったの……
でも誰も治療ができない不治の病だと言ったわ」
石化病はかなりマイナーな病気でリュードもラストのことがあってモノランに治療薬の作り方を聞かなければ知らなかった病気だろう。
「段々と石のようになっていく妹の体……どうにかしようとさまざまなことを試したわ」
そのうちの1つが部屋に充満していた臭いだった。
固めた薬草をお灸のように燃やし、その煙を吸い込むことで病気の進行を遅らせることが出来ると聞いて試していたのである。
効果は言うまでもなかったがそんな怪しい噂程度の方法ですら試さずにはいられないほど追い詰められていた。
「そんな時にある噂を聞いたのよ。
とある国で石化病を治した者がいると。
そしてそれを治したのがエリクサーという万能薬で今回の奴隷による大会の優勝商品の1つとして出されると噂になっていたの」
泣き崩れるウバ。
エリクサーはある種の万能薬とされる幻の魔法薬である。
ケガ人が飲めばケガがたちまち治り、病気の者が飲めばすぐに走り回れるようになるなんて言われる。
健康な者が飲めばより健康に、若さを保ち美しく人をしてくれるとまで言われることもある。
実際にあるかも分からない秘薬の話に尾ひれがついたものだとリュードは思っている。
いくつかの薬の話が混ざり合い、人の欲望や希望を受けて生み出された単なるお話だろう。
ドラゴンの血などを使った万能薬に近いものはあるようだがどちらにしても伝説、幻クラスの代物である。
石化病を治療したという話、リュードには聞き覚えがあった。
それどころか当事者ですらある。
ラストの友人であるクゼナの話だろうと3人はすぐに勘づいた。
クゼナの話で間違いないのだがその後にエリクサーという尾ひれが付いている。
特に薬の存在を公にしたことも、逆に隠したこともなかったのでどこかで話が捻じ曲がった。
あるいは誰かがその噂を利用して一儲けでもしようとしたのかもしれない。
クゼナが石化病を克服した話は本当なので本当の話を混ぜたウソの話というのは中々真相が見抜きづらいものである。
トゥジュームからはだいぶ離れたところでの話なので余計に真相はうやむやでエリクサーなどと荒唐無稽な存在が現れてもそこまで確かめようがないのだろう。
そんな石化病を治せるエリクサーが大会の優勝賞品として出る。
ガマガエルは美にこだわっていて、そのために美しさを保つエリクサーを持っていたなんてちょっとしたありそうな関係性も噂に期待を持たせたのだ。
しかし大会は悪魔に荒らされてしまった。
それどころか大会そのものが人を集めて悪魔に生贄を捧げるためのもので、優勝賞品など用意されていなかったのである。
妹を助けるために奴隷大会に優勝すると決めたが、それはただイタズラに時間を浪費し、無辜の命を散らしただけに終わってしまった。
許されざる行いに身を染めたが妹を治す方法も結局はウソであり、石化病はその間も進行する。
ウバがしたことは許されざることではあるが止むに止まれぬ事情があった。
呟くように謝りながら泣くウバを目の前にして、リュードたちにも最初の勢いはなく非難する気持ちも湧かない。
「リューちゃん……」
「リュードぉ……」
ルフォンとラストの視線がリュードに向く。
ええい、このお人好し娘どもが!
と思わなくもないがリュードも同情する気持ちはある。
ラストなんかはウバの気持ちが痛いほどによく分かる。
2人が何を考えてリュードの方を見ているのか、分からないほどリュードも鈍くはなかった。
「……はぁ……あなたは許されざることをしました。
でも、妹さんには罪はないでしょう」
ルフォンやラストもお人好しだけど、リュードも大概お人好しである。
「俺が石化病を治してあげましょう」
目の前に助けられる人がいるなら助けずにはいられない。
「で、ですが石化病は治せるものでないと誰もが……」
エリクサーなんてなかった。
つまり石化病を治したなんて話もウソだ。
そんな風に話を結論付けるのはちょっと短絡的すぎる。
「エリクサーの話はウソですが石化病を治した人がいるのは本当なんですよ」
正直な話あんなに進行が進んでいても治せるのかどうかリュードにも分からない。
目の前にいるのでやるだけやってみる。
ウバはともかくウバの妹そのものに全く罪はないのだから1度怨恨は置いておいて治療はしてみるべきである。
「ほ、本当に助けられるのですか……?」
もはや妹の命は風前の灯。
話すのも辛いらしくてウバはベットの横で遠くなった妹に大丈夫だと自分にも言い聞かせるようにすることしかできなかった。
「妹を……どうかお助けください」
地面に這いつくばるように頭を下げるウバ。
貴族のプライドとか、リュードが元奴隷だったとか関係がない。
妹が救えるなら自分の命すら捧げるつもりだった。
「分かった。
保証は出来ないけどやってみよう」
そしてリュードの判断にニッコニコしているルフォンとラスト。
リュードがやるならもう治ったも同然、ぐらいに考えている。
さっきまで怒り心頭だったのにもうウバに同情し、流石リュードだなと考えている。
「まあ、あれだよな、良い子たちだな」
今の自分にそんな権利はないけれど一発ぐらいウバをぶん殴ったってバチは当たりゃしないとウロダは思っていた。
とんでもないことに巻き込まれてしまったが自分は合法奴隷だしリュードたちに助けられた身としてはリュードたちがそれでいいなら口を挟むことはない。
こんな世の中で人の気持ちに寄り添うことのできる奴は貴重だ。
中には甘いとか批判する奴もいるだろうが甘くて何が悪い。
その甘さにウロダも救われたのだ、3人の人柄の良さにウロダも自然と笑みを浮かべていた。
ーーーーー
押し入ってきた侵入者たちが一転して賓客となる。
ウバの屋敷は軽い混乱は未だにあるけれど落ち着きを取り戻しつつあった。
なんだかんだでリュードたちは手加減していたのでひどくケガしたものはいても死者はいない。
目を覚ました女性兵士が状況を飲み込めずにまたかかってきてルフォンに返り討ちにされていたぐらいの事件しかなかった。
「うおおっ、自由だー!」
体を魔力が覆って軽くなったように感じられる。
当初の目的は復讐や謝罪なんかではなくて、魔力を抑える首輪を外す鍵が欲しかったのである。
リュードは自力で破壊したけれどウロダやトーイは未だに首輪を付けたままであった。
特殊なアクセサリーと押し切って生活することも不可能ではないが魔力が使えなきゃ不便な世の中であるので、復讐心もありつつも首輪の鍵を、自由を取り戻しに来たのであった。
ウバは奴隷を必要としていないので話をするとすぐに鍵をくれた。
買われた時点で借金もウバの払った代金から引かれてなくなっているのでウロダはこれで晴れて自由の身。
「リュード……いや、リュードさん、ルフォンさん、ラストさん、ありがとうございました!」
体の調子を少し確かめたウロダは体が直角になるほどに頭を下げた。
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