浅き欲望の果て2
奇襲といい、それに失敗したのにそのまま戦闘に移行していくのといい、この男が戦い慣れをしていることは一目瞭然である。
「その武器狡いな!」
リュードとの距離を詰めて腹部に目がけて突き出されたナイフを後ろに引いてかわす。
距離を取ろうとするが男はそれを許さず、ピタリとリュードと近い距離を保ったままナイフを振り回す。
槍の得意としない距離を分かっている。
すぐに距離を取ろうとして、詰めてくる男の相手に苦心するリュードを見れば槍の扱いが得意でないことはすぐに見抜ける。
このまま懐に入り続けていれば難なく勝てると男は確信した。
部屋に置かれていたのが小さいナイフだった時にはガッカリしたものだが、狭い洞窟の中では案外悪くない。
それに男はナイフは得意だが相手は持っている武器が得意とは限らない。
そしてリュードの腕輪には赤い宝石。
男はほくそ笑む。
槍も手に入って3人分の価値がある赤い宝石まで手に入る。
「悪いな」
「なっ!」
リュードは確かに槍が得意ではなく、接近を続けてくる相手に対して上手く対処することができていない。
槍より剣がいい。
だけど剣はない。
ならば槍をどうにか使っていくしかない。
そう思ってしまうのは思い込みである。
武器があるなら武器を使わなきゃいけないと考えて、それに囚われてしまうのは良くないことだ。
あれば使うことができるぐらいに考えておけばいいのだ。
ナイフを突き出した男の腕に自分の腕を回して拘束する。
驚きに目を見開いた男の顔をリュードは思い切り殴りつけた。
そう、何も槍を使って戦わずとも素手であっても、拳であっても戦うことはできるのだ。
竜人族や人狼族は魔人化する時に大きく体の作りが変わる。
魔人化した時に武器を使ってもよいのだが武器の種類や扱う武器の形によっては魔人化の状態では合わないということもありうる。
さらに魔人化すると肉体そのものが強化され、体が武器であるような感覚まで湧いてくる。
そのためか武器を使った戦いの訓練だけではなく素手での戦いも一通り経験し、リュードも剣に比べると比率は少ないが素手での戦いも練習を続けてはいた。
つまりは槍よりも素手での戦いの方が得意である。
距離が取れるなら槍の方がいいのかも知れないけれどわざわざ詰めてくれるならリュードだって相応に対応する。
「槍はあんまり得意じゃなくてな」
壁に男が叩きつけられて、そのままズルズルとへたり込む。
槍を構えて警戒するが男は動かない。
一発で気絶してしまった。
結局槍を使うことはなかった。
「貰ってくぞ」
それでもこの先槍を使うことはあるはずだ。
全部が全部こんな風に狭い場所での戦いならちょっと不安があるけれど持っていて使わないことの方が少ない。
リュードは男の持っていたナイフと腕輪についていた石をいただく。
ナイフの状況から分かっていたけれど男の腕輪には石が2つ付いている。
すでに誰かを倒してきた後であったということだ。
2つの石を自分の腕輪に付ける。
まだまだ石集めの道のりは遠い。
「……これでいいかな?」
このステージがどれほどの時間行われるのかわからない。
集めなければいけない石の数からして数時間で終わるものでもなさそうだし、きっとこの男も起きてくる。
リュードだったら絶対に復讐に燃える。
だからといってここで気絶して無抵抗の男にトドメを刺すつもりもリュードにはなかった。
なのでリュードは男の服を脱がせた。
下着ごとずり下ろして脱がせ、ナイフでズボンを切り裂いて細く紐状にする。
それで手足を縛って隅っこに放置しておく。
ついでにパンツも履けないようにズタズタにしておく。
これはリュードの優しさだ。
どこが優しいのかと疑問に思うかもしれないが縛られて無抵抗、石も持っていない全裸の男をわざわざ殺害しようなんて人はそんなに多くない。
運が悪くなきゃそのまま生きてはいられる。
もしどうにか紐を解いたとしても全裸。
下着すらない男が残っているプライドを全て捨てたなら分からないけれどほとんどの場合下半身丸出しで、しかも素手で他人に襲い掛かることはない、と信じたい。
男がプライドを捨てて全裸で他人に強襲するような奴だったらリュードでもどうしようもない。
ちなみにリュードの亀の魔道具は巻き込まれないように顔少し距離を取ってずっとリュードの方に水晶を向けており、男にも同じ魔道具が付いて別のところから同様に水晶を向けていた。
裸にひん剥いたらそっぽを向けていた気もするがリュードは気にせず男から離れて洞窟を進んで行くことにした。
この小部屋に繋がる繋がる道は4つ。
1つはリュードが来た道なので選択肢から消える。
残るは3つなのだけどどれもおんなじに見える。
適当でいいかと悩んで目を閉じるとわずかに感じた。
風を感じる。
いや、風、とも言っていいのかわからないぐらいの空気の流れがあった。
集中してみると1つの道の方で空気が動いているように感じられた。
どうせ他に道を選ぶ理由もなかったのでリュードその道を選んで進むことにした。
外に繋がっているのか、広い空間でもあるのか。
どっちにしろ他の2つの道よりも何かがありそうではあった。
落ち着いてくるとここが一体何の場所になるのか非常に気になった。
洞窟であるとは言っていいのだけど天然のゴツゴツとしたところもあれば、切り取ったり掘られたような人の手を感じるところもある。
途中途中で分かれ道もあって複雑であり、迷宮のようでもあった。
リュードの他にも人がいるしみんなもここにいると考えられる。
最初に馬車を降ろされた人とリュードが降ろされた場所の距離だけ考えても広い。
リュードたちと真逆の方向に向かった馬車もあったのでやはりマヤノブッカの下全体的に広がっていると考えるのが妥当である。
見ている感じでは天然の洞窟を人の手で切り広げた感じに見えた。
元々洞窟があったところを何かに利用するのに広げた人工の地下ダンジョンと言ったところだろうか。
分かれ道に来るたびに立ち止まって空気の流れを感じ取り、より強く空気が流れている方へと向かう。
そうして歩いていると広いところに出た。
人の手で広げたところではなく天然の洞窟の一部のようだ。
上は高く、ツララのような鍾乳石が垂れ下がっている。
大きな町の地下に鍾乳洞が存在しているのかとリュードは驚いた。
見渡してみるが人の気配はない。
ここならば槍を存分に振り回すことができそうなので思い切って広い鍾乳洞を進む。
リュードが入ってきた道から左右に鍾乳洞は伸びていて、真ん中を細く水が流れている。
そっと手をつけてみると透明度が高く、ひんやりとしている。
少し悩んだけれど我慢できずに手ですくって水を飲む。
危険な水の可能性もあったけれどリュードは毒の耐性も高いし喉が渇いていたのだ。
飲んでも美味しい水。
危険はなさそうなのでどうせなら顔とか体とかも洗いたいと思った。
水の流れを見て下流に行くか、上流に行くかを悩んだ。
流れていく先で太くなる可能性もあれば、どこからか本流のようなところから分かれて細く流れてきている可能性だってある。
「まあそんな変わらないか」
上流に行って見てから下流に戻ってきてもいいだろうと思った。
どっちにいくか決める要因はないからとりあえず上流の方に向かってみることにした。
きっとでもどこかに水の溜まり場的なところがあると思った。
洞窟があるからマヤノブッカという都市が出来たのではなく、こうした水があったからマヤノブッカが出来たのだろうと思った。
人の生活に水は欠かせない。
洞窟があるとは知らなかったけど水が出るからここに都市が出来て、そのうちに洞窟が見つかって何かに利用しようと広げた。
今ではこんなことに使われているけれどきっとそんな都市の起こりではないかとリュードは歩きながら考えていた。
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