訪れた別れ2
トゥジュームにおける男性の良し悪しの基準は顔が大きな割合を占める。
顔さえ良ければ養ってもいいなんて思う女性も少数派ではないのだ。
リュードは間違いなく顔がいい。
その上でトゥジュームに多くいる男性の特徴としてはナヨっとした人が多いのだけど、リュードにはナヨっとした雰囲気はない。
キリリとした、力強い印象のあるリュードは周りの視線を自然と集めていた。
何も白い目ばかりが向けられているのではなく、そうではない視線も意外と多かったのである。
「この国だとリュードもモテモテかもねー」
「この国だとってなんだ……ですか」
自分が上とか相手が上とかじゃなくて互いに尊重できるのがいい。
例えモテたとしてもこの国だとリュードの価値観とは合わなすぎる。
料理が来て食べている間も見られているような、なんとなく気まずい感じが常にあった。
「可愛い男の人連れていますね」
消耗品の補充にお店を回る。
こういう時に声をかけられて褒められるのは大体ルフォンかラストなのに今日ばかりはリュードへの褒め言葉を2人が聞かされることになる。
慣れない褒めにリュードも気恥ずかしい気分になり、可愛い子だからちょっとおまけしちゃうなんてしてくれた。
「ちゃんとしてそうだし、強そうだから心配ないと思うけど気をつけるんだよ。
最近ここいらで人を攫ってる奴らがいるって噂だからね」
「人攫いですか?」
「ええ、あくまでも噂だけど顔のいい男を選んで誘拐する話があちこちから聞こえてきてるんだよ。
まだここだと大丈夫だと思うけどもっと大きな都市に行くなら気をつけておいた方がいいよ」
顔の良い男性を狙った人攫いとはまたトゥジュームならではの話。
「リュードも攫われちゃうかもね?」
「そうだな、そん時は守ってくれよ?」
「まっかせなさい!」
まさか攫われることなんてない。
攫いに来たってリュードたちを倒して攫える程の人が来たら人攫いなんてやらずとも稼げるだろうし。
「ありがとうございます」
「……これ、あの子たちには秘密だよ」
お店のおばちゃんはリュードにこっそりとお菓子を渡してウインクした。
確かに顔がいいとそれなりにこの国ではチヤホヤされそうな気配はあった。
ーーーーー
「だいぶ良くなってきたじゃないか」
「ホント?」
「ああ、筋がいいよ」
「ふふん、とーぜんよー!」
と言いつつも嬉しそうにニコニコするラスト。
やはりセンスがある。
それを活かせるだけの身体能力もある。
リュードがラストに剣を教えてからラストは目に見えて上達していった。
小さい頃、まだ周りから本気で牽制される前に基本的なことは学んでいたので少し教えてやると剣にもすぐに慣れた。
リュードやルフォンと組み手する形で戦い、実戦でも使えるだろうレベルにも到達していた。
飲み込みが早くて師匠であるリュードも大満足である。
町を出発して人の目がなくなったのでようやくいつも通りに接することができる。
こうして気兼ねなく話している方が一歩下がって丁寧にするよりも遥かに楽である。
リュードとラストが修行をしている間にルフォンは取り出したコンロで料理を作っていた。
家に備え付けるサイズのコンロを持ち歩いて外で使うなんて人は他にはいない。
ラストもビックリしていたけどリュードとルフォンなら……と微妙な納得の仕方をしていた。
ティアローザでは監視の目がある可能性が排除しきれずにほとんど使えなかったのでルフォンもコンロをようやく使えてルンルン気分である。
外でも温かくて美味い飯が食べられるので旅もあんまり苦にならない。
「それじゃあ今日はこれぐらいにしようか」
「はーい!
私さ、知らなかった。
こんな国があるなんてさ。
世界って広いんだね」
「いや、俺も知らなかったよ」
ラストは剣を収めると地面に座って休む。
このトゥジュームに関してはラストが世間知らずだったと言い切ることはできない。
国によって様々な文化があるわけであるし一つ一つの国全てについて知っている方がおかしい。
リュードやルフォンだってトゥジュームのことを知らなかったし、トゥジュームに入る前に聞いた話よりもトゥジュームの価値観は極端であった。
「ティアローザの国内を回るだけでも大冒険だったのにこんな風に旅できるなんて夢みたい!
それも、友達と一緒に……」
少し顔を赤くするラスト。
ベギーオを倒した後はいつリュードとルフォンとお別れになるかということばかり考えていた。
もう2度と会うこともない。
そんなことを思っていたのに何の責任も必要性もなく、また2人と旅ができることが楽しくてしょうがない。
見るもの全てが輝いて、聞くもの全てが新鮮に聞こえる。
最初の出会いがアレだったのでリュードがラストに丁寧な態度を取ることがなく、今こうして敬語を使われるというのも中々面白いと思っていた。
「へへ……なんだろう、疲れちゃったのかな?
眠く……なってきた…………」
「ラスト?」
「リュー……ちゃん」
「ルフォン!
2人ともどうした……」
眠そうに目をこするラスト。
知らぬ間に疲労が溜まっていたのかと思ったが料理をしていたルフォンが倒れるように意識を手放して寝てしまった。
眠くても料理の最中に寝ることなんてあり得ない。
立ちあがろうとして体に力が入らない。
グラリと視界が大きく揺れてリュードも何か異常事態が起きていることを悟った。
まぶたが重くなっていき、頭がぼんやりとし始める。
思考が鈍って霧がかったように感じられる。
「これは……毒か?」
相手を殺すタイプの毒ではない。
睡眠薬に近い、相手を無力化する毒だ。
一体いつから、どこから、誰が。
毒に強いリュードでさえ効いてきているのだからルフォンやラストに耐えられるはずもない。
いつの間にかラストも目を閉じて寝息を立てていて、起きているのはリュードだけであった。
もしかしたら気づかない間に長時間毒にさらされていたのかもしれない。
剣を杖のようについて力の入らない体を支えて耐える。
おぼつかない足取りでテントの方に向かう。
耐え抜けば荷物の中に解毒薬がある。
この睡眠薬のようなものに効くかは分からないけれど何もしないよりはマシだ。
「あれー?
まだ起きていますよ」
「本当だな。
こりゃ気合があって高く売れそうだ」
「どうする?」
「殴って気絶させろ。
どうにか耐えてるだけだから衝撃与えりゃ眠んだろ」
「了解」
すごく遠くでうっすらと話しているように声が聞こえた。
変な感じに歪んで聞こえるのでなんと言っているのかリュードには分からない。
しかし実際はそれほど遠くでなく近くにいた。
視界もぼやけて歪み、自分が前に進んでいるのかも分からなくなってきた。
「ごめんねー」
何かをされた。
頭を殴られたのだけどただひどく衝撃を受けたことだけしか頭は理解してくれず、衝撃によって必死に手放すまいとしていた意識が遠のいていった。
「ふーん、金目のもの持ってそうだね」
毒を撒き、リュードを殴りつけたのは数人の女性たち。
リュードたちの荷物を見てニヤリと笑う彼女たちは噂の人攫いであった。
「あ、姉御!
こいつ、無茶苦茶重いです!」
「ああ?
しゃあねえな……みんなで運ぶぞ!
まずは男の方が優先だ」
リュードは相当鍛えているのでそうは見えずともかなり重量感がある。
女性1人や2人では持ち上げられもせず、その場にいた全員でリュードを持ち上げる。
人攫いにとってリュードは商品。
丁寧に傷つかないように運んでいった。
リュードたちにバレないように荷物を乗せる馬車は遠くに置いてあったことを人攫いたちは疎ましく思った。
「んっ……」
リュードが運ばれていってからさほど時間もたたず、ルフォンが目を覚ました。
「あっつい……」
毒に耐性の低いはずのルフォンがこれほどまでに早く目を覚ましたのには理由があった。
なんだか胸元が熱い。
ルフォンがスッと胸に手を入れて取り出したのはネックレス。
リュードが誕生日にくれたものでルフォンはいつもこのネックレスを身につけていた。
ネックレスが熱いほどに熱を持っている。
このネックレスにはリュードが解毒の魔法をかけていた。
無効化出来るほどの強力な作用は及ぼせないが解毒の効果は確実に発揮されていた。
ルフォンの体内に入り込んだ毒をネックレスが解毒してくれていた。
ぼんやりとネックレスを見つめている間にもその効果は発揮され続け、頭がはっきりとしてくる。
「リュー、ちゃん?
……リューちゃん!」
リュードがいない。
ラストはとうとう地べたに横になって眠っているがリュードの姿が見えない。
「リューちゃーん!」
この眠くなった原因と戦いにいったのかと思ったがテントの側にリュードの剣が落ちていた。
剣も持たずに戦いに行くはずもなく、こんな風に地面に剣を捨て置くこともしない。
「げっ、なんか起きちゃってますよ!」
「チッ……しょうがないな。
目的は果たしたし、ずらかるぞ」
「ええっ!
なんか色々ありそうですよ!」
「この毒だって無限に使えるもんじゃねえんだ。
こんなすぐに起き上がるやつ強いに決まってんだろ。
とっとと逃げる。
これが長く生き残るために必要なことだよ」
「もったいないなぁ……」
ルフォンが大声でリュードを探すものだから人攫いたちに気づかれてしまった。
リュードがいなくなった。
匂いで探そうにも料理の途中で倒れてしまったために鍋の焦げついた臭いのために鼻も効かない。
ラストだってそのままにしておくわけにはいかない。
ルフォンは青い顔をして、1人どうしたらいいか必死に考えていた。
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