分かってるよ4
「私は監視されてたから剣とかそんなのはあんまり練習するの避けてたけどムチは扱えるんだ!
これを振り回してても遊んでるようにしか見えないでしょ?」
武芸に関しても才能があることをラストはひた隠しにしてきた。
そのために剣とか槍とかそういったものとは距離を置いていたのだけど身を守れる必要はあった。
そんな時に見つけたのがムチであった。
武器でありながら才能があるのかないのか分かりにくく、武器としては見られにくい。
真面目に扱っているとも考えられにくくて上達してもそれを見抜ける人なんてほとんどいなかった。
意外とムチを振り回すのも楽しくてラストはムチを気に入った。
遊んでいる風も装いつつムチを練習していて、それなりに扱えるようになっていた。
「やっ、やっぱダメ……かな?」
「良いじゃないか!」
「ほ、ほんとう?」
「ああ、どうしたらいいか悩んでいたけどこれでかなり楽になるよ!」
正直なところラスト自身がムチに期待していなかった。
大っぴらにはできない才能なので隠れながらがメインで練習していたものだったから。
ラストは想像していなかったリュードの反応に顔を赤くすることを止められなかった。
ムチは属性的には打撃系の武器になる。
脆いスケルトン相手ならムチは十二分に威力を発揮するのとも出来る。
ムチなら矢よりも聖水の効果も乗る。
ほとんど1人でやらなきゃいけないような状態から2人で戦える希望が見えてきた。
欲を言うなら聖水に頼らないで戦うのが1番良い。
安ければ聖水に頼りたいんだけどなにぶん高いからな。
リュードは神様とも親しく、加護を受けてまでいるけれど神聖力は使えない。
そもそも神聖力とは信仰の力である。
心から神を信仰し祈りを捧げるものに神が与える力が神聖力なのである。
生まれ持って神に寵愛されし者は生まれ持って神聖力を持つことはあるけれど基本的にはちゃんと信仰しなきゃ神聖力はもらえない。
リュードは会ったことがあるから神様がいると信じているのだし、別に祈りを捧げたりしない。
感謝はしているけれど心の底から祈るほどの感謝かと言われるとちょっと疑問符がつく。
教会や神殿に身を捧げて祈る聖職者に比べてしまうと神聖力を得られるほどの信仰心は持ち合わせていないのであった。
むしろ普段のラフな神様に会ったことがあるからこそ信仰心とは無縁なのかもしれない。
ラストも祈らないわけじゃないけど熱心な方ではない。
リュードとの出会いは非常に感謝しているのでそれなりに種族の神であるサキュルディオーネには信仰心はある。
しかし種族の神は大体種族限定で力もそんなにないので熱心に信仰を捧げても神聖力を得られることが少ないのである。
神様も楽じゃないのだ。
だから今から信仰しても神聖力なんて使えるようにはならない。
とは思うけど誰か神聖力くださいってリュードが祈ればどっかの神様くれそうな気がしないでもない。
やりはしないので結局のところ聖水に頼るしかない。
ひとまず弓矢よりも殲滅力は高くなるのでもう高価でも聖水を買って試しにダンジョンにでも潜ってみるしかない。
弓矢の腕もかなり良いのでムチの腕前でも期待はしている。
この際攻略できりゃいいんだから金に糸目をつけないでさっさと攻略してしまってもいい。
これまでと違うのはこのダンジョンはフィールド型でボス部屋がないこと。
つまりは撤退して再チャレンジも出来るのだ。
もうほんとにほんと厳しいなら聖水大量購入の、入り口付近でスケルトン狩りをして数を減らしていくしかない。
「まあ行けなくもなさそうかな」
最終的には力押しみたいな考えにたどり着いたけれどいつの時代も頼れるのは己の実力なのだ。
聖水があっても戦えなきゃムダになるだけだからやはり最後は自分が戦ってなんとかするしかない。
多少教会とも聖水の価格について交渉するつもりで作戦会議はお開きとなり、ルフォンたちは男性組が泊まる部屋から出た。
「ラストちゃん、ちょっと外歩かない?」
空き部屋の都合でルフォンたちの部屋は別階になる。
宿の階段を下りているとルフォンが珍しい誘いをラストに持ちかけた。
「外?
うん、いいよ」
何だろうと思うけれど監視も付いていないし夜の散歩も悪くなさそうとラストは快諾する。
少し夜風に当たると宿の人に伝えて外に出る。
真魔大戦で直接失われたものも多いのだけど、そこからの復興の過程で必要なもの以外のもので失われたものも多かった。
ヴィッツは時折こう漏らすことがあった。
『私が小さい頃は夜は本当に真っ暗でした。
暗闇が怖かったものですが今は明るくていいですな』
これは外の話ではない。
町中の話である。
失われたものをなんとか復活させようとする人も時間が経って増えてきた。
その復活した技術の1つが街灯なのである。
魔石に魔法を刻んで光らせるというこの技術も単純に火を灯したり魔法で一時的に明かりを確保することができたために忘れられた技術となってしまった。
魔石に魔法を刻むことよりも魔法そのものの方が優先されたのでこうした技術は大きく衰退したのである。
書物などに書いてあるものは残ってもいたので失われたとまで言えないけれど技術を教えてくれる人もいなくなってしまったら己で手探りするしかない。
戦争の傷が癒えて、魔物との戦いも乗り越えて、ようやく世界が復興して、好奇心のある若い世代が出てきて、普通の魔法が安定してきて、それからこうした技術に手が回ってきた。
ヴェルデガーは本人にその自覚がないのだけれど偶然貴重な書物を手に入れて、それを再現できる才能がある天才だった。
魔石に魔法を刻む技術は今の世界ではトップクラスであり、その方面で生きようと思ったら今ごろ大富豪になっていた。
リュードも魔石に魔法を刻むことはヴェルデガーに及ばずともできるので世間から見ると天才に入る。
ただ今こうして街灯があるのは地道に技術を追い求めた人々の努力の粋なのである。
なんとなく会話もないままゆっくりと歩く。
そよそよと風が頬を撫でて心地の良い夜なのに、誘ってきたルフォンがあまり口を開かないのでラストはなんだか緊張してきてしまった。
メインの通りは街灯のために明るくて歩くことに苦労しない。
歩くことに集中しなくていいので考える方に頭がいってしまう。
夜という独特な雰囲気、周りにである人はおらず不思議な感じすらする。
友達とこんな風に夜抜け出して外を歩くなんてこともなかったのでそんな興奮もラストにはあった。
「ねえ、ラストちゃん」
「なぁに?」
「ラストちゃん、リューちゃんのこと、好きでしょ?」
並びあって歩く中で発されたルフォンの言葉。
立ち止まるラスト。
少し先を歩くことになったルフォンも立ち止まってクルリと体をラストの方に向ける。
「えっ!
あ、お、それは……」
そんなことないよ。
喉まで出かかった言葉が出てこない。
2人にウソはつかない。
なぜなのか最初に交わした約束が頭の中に浮かんできた。
ウソはつけないから言葉が見つからない、それは言い訳だった。
好きじゃないと言ってしまえば楽なのに、好きじゃないと言えてしまえばこの場は何もなく終わるはずなのに、好きじゃないと言いたくない自分がいた。
しかしこんな風に言い淀んでしまっては答えたも同然である。
早く否定しなきゃいけないのに、否定の言葉を口に出そうとするたびに胸が痛くなる。
街灯に照らされたラストの顔が赤くなる。
リュードの顔がチラついて、否定の言葉を考えることもできなくなっていく。
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