第四章

魔人族の国1

 当てのない旅。

 フラフラと行きたいところへ行く、のんびりとした旅。


 時々冒険者として依頼を受けたりしながらリュードたちは旅を続けていた。

 特に目的地は決めずに町から近い町へと渡り歩くように移動していた。


 しばらくは西の方向に進んでいたのだけど、ふとケーフィスのお願いを思い出して北の方に進路を取ることにした。

 流石に完全になんの目的もなくフラつくのも飽きがきてしまうので地図と睨めっこをして寄りたい国を決めることにした。


 ルフォンの希望としては珍しい食材や料理があるところと言われた。

 それは地図上じゃ分からない。


 結局のところリュードに一任する形になった。

 なのでしょうがなくリュードがどこに行くのか考えた。


 しかしどこに行くのか考えるにしても地図上じゃ国名しか分からないのは変わりがない。

 冒険者ギルドや酒場なんかで色々と話を聞いて、1つ行ってみたい国が見つかった。


 話に出るくらいだからそれほど遠くはない。

 ちょうどさらに北に向かうことになるので場所も良い。


 リュードたちはまた町から町へと移動しながら目的地に向かった。


「何者だ! 身分を明かせ!」


 ようやく目的の国に入れる国境付近。

 リュードたちは兵士に呼び止められた。


 石造りの大きな建物が道を塞ぐように建っている。

 関所というやつである。


「冒険者のリュードとルフォンだ」


 フードを取って兵士に顔と頭を見せる。

 ついでに冒険者証も出してちゃんと怪しくないことをアピールする。


「魔人族の方ですか、では通行料もいりません。


 どうぞお通りください」


 顔パスや冒険者証の効果ではない。

 兵士はリュードの角とルフォンの耳を見て通してくれた。


 あの分なら冒険者証も出す必要がなかった。


 関所の上からジッと見下ろされる気まずさを感じながらリュードたちは新たな国に足を踏み入れた。


 この国の名前はティアローザ。

 魔人族の国である。


 関所で検問をしていた兵士も上から怪しい動きがないか見ていた兵士も真人族ではない。

 何の種族かは知らないけれど魔人族ではある。


 ティアローザはかなり珍しい国である。

 魔人族の国というのがその理由なのであるが驚くべきはその立地である。


 特殊な土地にあるとかそのような訳ではない。

 このティアローザの国の周辺には真人族の国しかないのである。


 現在の世界の形は500年前の真魔大戦の影響を受けてできている。

 つまり大きく見ると真人族と魔人族の国は二分されている。


 もちろん真人族に囲まれた魔人族の国や魔人族に囲まれた真人族の国がないこともないけれどそれは両者の国が混在する真魔大戦の前線付近の話である。

 けれどもここは真魔大戦の戦場からは遠い。


 周りは真人族の国しかない。

 少し離れたところに魔人族の国があるとか、そういうことが一切ないのである。


 真人族の国の中にいきなり現れたような魔人族の国、それがティアローザである。


 そんな立地なものだからこのティアローザは魔人族の国まで行けないような魔人たちの受け皿となっている。

 国の方針としても魔人族は無条件で受け入れることにしている。


 だからタダで関所を通れたのだけど、そんな風に魔人族が集まるから周辺の国に比べても大きい国である。


 いつか魔人族の国に行ってみたいと思っていた。

 角や耳を出していていても何とも思われないような国に。


 立地の点からティアローザは魔人族の国の中でも特殊な方とはなるのだけどそれでも魔人族の国に変わりはない。


 けれども国そのものが目的であって、そこで何をするつもりも決めていなかった。

 とりあえず首都にでも向かってみようとその前にある大都市にリュードたちはたどり着いた。


「お嬢さん、俺とツガイにならないか?」


「そこの黒い獣人の子、一夜を共にしてくれ!」


 魔人族というものの内訳を細かくみていくと、大きな割合を占めるのは獣人族という種族になる。

 名前の通りで獣、動物の特徴や能力を体に持つ魔人族である。


 どんな動物の特徴や能力を持つかでさらに獣人族は細分化されるのだけどとりあえず獣人族は多い。

 さらに獣系、いわゆる犬や猫の獣人族はとりわけ数が多く、ティアローザでもそこら中を歩いている。


 ルフォンは人狼族である。

 希少種族で言っちゃ悪いが獣人族よりは格上の種族である。


 ただルフォンは先祖返りのためにケモミミが付いている。

 つまり見た目上は獣人族にも近いと言える。


 獣人族は獣としての本能が強いのか相手の強さを自分より上か下かぐらいだけれど本能的に察することができる。

 そして魔人族に共通する価値観として相手は強ければ強いほど良い。


 強い子孫を残すための本能が真人族よりも強いのでそんな考えが根強い。


 つまり何が言いたかというと、ルフォンは無茶苦茶モテる。

 見た目も最上位、感じられる強さも痺れるほどとあっては獣人族たちが声をかけずにはいられないほど。


 ルフォンに見惚れてしまって隣の彼女にぶん殴られているアホもいた。


 こんなことになるなんて全くの予想外であった。


 実はリュードも声をかけられているがルフォンが圧倒的すぎて女性の方の声はあまり聞こえてこなかった。

 それにリュードが角があるけれど何の魔人族なのか分からないのも1つ声が少ない原因だった。


 ルフォンは声をかけるのを嫌がってフードでも被るのかと思ったらリュードの腕を取った。

 パートナーがいますとアピールすることで声かけをかわそうと思ったのだ。


 ついでにリュードへの声かけの牽制にもなる。


「よー兄ちゃん、一度俺と勝負しようぜ」


「羨ましい……ぶっ殺してやるよ!」


 ルフォンに対する声かけは減った。

 代わりにリュードに対する声かけは増えた。


 物騒極まりない声がかけられているが誰も本気ではない。

 本能的にリュードの方が格上の相手だと分かっている。


 嫉妬によるやっかみ。ちょっとだけ鼻高々な気分になったリュード。


「結婚を前提に俺とお付き合いをしてください!」


 しかしだ、どんなに腕を組んでアピールしても、どんなにリュードが強くてもバカには通じることがない。


 急遽だったためなのか何なのか、花ではなく近くのお店の串焼きを全て買い上げて、片膝をついてお花よろしくルフォンに差し出した男。

 真っ赤なたてがみのような毛を持つ体つきの良い獣人族の男性だった。


 リュードはこの目の前の男性を知らなかったが周りがざわつき始めた。


「赤獅子……獣王の息子だろ?」


「ああ、こんなところで何してるんだ?」


「なんでもここと国交を樹立して、自分の国に行きたい獣人がいたら引き連れて帰るためにわざわざ息子を送ってきたらしいぞ」


「へぇ、まあ確かに獣人族の国の方が良いって連中もいるかもな」


 赤獅子人族ならリュードにも聞き覚えがある。

 獣人族にとっての英雄。


 真魔大戦の時に獣人族を率いて戦い、奴隷となっていた獣人族たちを解放した赤獅子人族の戦士が今でも伝わる魔人族の英雄の1人となっている。


 漏れ聞こえる話からするとこの赤獅子人族は王の息子らしい。

 ナイトのように膝をついた赤獅子人族の男性は一心にルフォンを見つめている。


 組んでいる腕なんか見えていないようである。


「ごめんなさい」


 分かっていた答えでもホッとする。

 ルフォンはペコリと頭を下げて赤獅子人族の男性の求婚を断った。


「マジか、断られたぞ」


「まあ、腕組んでるし当然だろう?」


「俺なら王族入りするわ」


「誰もお前に結婚申し込まねーっての」


 王族、さらにそれなりに強い自信がある。

 自分が声をかければ相手は落ちるだろう、そんな自負があった。

 

「ま、待たれよ!」


 変に注目を集めてしまった赤獅子人族の男性は引くに引けなくなってしまった。

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