異議のある者4
話はどこからか漏れ出たのではなく意図的に広められている。
どこも結婚式の話で持ちきりになっているのだがこれから結婚式が行われるという話だけで経緯とか細かな詳細は誰も知らないでいる。
ただ式場となる教会の場所や結婚式が始まる時間なんかは簡単に分かった。
宿に戻ってルフォンと作戦会議をした。
リュードもそうだったがルフォンは相当お怒りで今にもキンミッコを殺しに行きそうな顔をしていた。
この世界でも結婚や結婚式というのは大切なものなのだ。
作戦は単純なのでそう時間はかからなかった。
必要なものだけ準備をしてリュードたちは早々と就寝した。
なりふり構っていられない。
もう隠密にことを済ませられないから逆に人前で襲ってしまって混乱に乗じてしまおう。
要は体力を使うので早めに寝て、回復することにした。
リュードたちの得意な体力勝負、力技で行こうとリュードとルフォンの意見で一致した。
次の日、リュードは結婚式の会場となる教会の周辺を散策していた。
教会の周辺は噂を聞きつけた物見客とそんな物見客を規制するための兵士とでごった返している。
教会の中に入ることができるのはキンミッコ派閥の偉い人のみ。
今日は一般の人は一切入ることが許されていない。
教会は思いの外大きく、ぐるりと周りを塀で囲まれている。
塀は侵入者防止のためなのか魔法がかけられていて、それなりに強い魔力を感じる。
出入り口は正面の正門と裏にある小さいドアだけ。
どちらも兵士で固められていて簡単に入れそうにはない。
特に正門前は物々しい雰囲気の兵士が待ち構えている。
正面突破はめんどくさそうだ。
分かっていたことだがこっそりエミナだけ連れ出してくるのは不可能と言わざるを得ない。
結局はそれに近い手段を取ることになるのだがエミナを見つける前に派手にやり過ぎてエミナを隠されてはたまらない。
時間がないのに正面突破以外の侵入方法が見つからない。
「人がいっぱいいるねー」
「そだねー」
入るなら裏口からだろうか、そんなことを考えていると頭の上から声が聞こえてきた。
見上げてみると数人の子供たちが窓から教会前の様子を見ていた。
「ねえ、君たち!」
リュードは子供たちに声をかけてみた。
教会前には大きな建物があって、これがなんなのか気になっていた。
「なーにー、お兄さん?」
「ここはなんの建物なんだ?」
「ここー? ここは学校だよー!」
「学校?」
「そうだよー!」
なるほどと思った。
教会の正面にあるこの大きな建物は教会が運営管理する学校であった。
子供たちがいる場所を見て、リュードの頭にある考えが浮かぶ。
「なあ、教会をよく見てみたいんだけど俺もそっちに行っていいか?」
「えー!」
リュードのお願いに子供たちがどうするか話し始める。
「いいんじゃない?」
「ダメだよ! 勝手に知らない人を入れたら怒られるんだよ!」
「せんせーもいないんだしバレないって」
ずっと見上げているのも首が疲れてくる。
「いいよー!」
子供たちの間ですったもんだあったみたいだけど最終的には中に入れてもらえることになった。
子どもの1人が降りてきてくれてこっそりとドアを開けて招き入れてくれた。
そのまま子供に付いていくと先ほどまで見上げていた教室に着いた。
「あれがね、生命の女神様のケラフィール様のステンドグラスだよ」
教室はちょうど教会の正面に位置していた。
窓からは教会の入り口の上にある女神を象ったステンドグラスが見える。
高さは教室の窓よりも少し下ぐらい。
「静かにしろ!」
下に見える兵士たちが教会前の喧騒を鎮めようとしている。
どうやら結婚式が始まるようだ。
学校から教会までは門前の道を挟み、塀があり、そして門の内側に間があって教会。
この体で全力で幅跳びしたことなんてない。
どれほど跳べるだろうか。
最低でも塀までは跳び越えられるぐらいはできる自信がある。
「……君たちにお願いがあるんだ」
「なーに?」
子供たちが顔を見合わせる。
「俺はこれから大切な友達を助けなきゃいけないんだ。
だからこれからやること、秘密にしてほしいんだ」
「友達?」
「誰か困ってるの?」
「そう。すごく困っている友達がいてそれを助けるためにちょっと悪いことしなきゃいけないんだ」
子供たちがざわつく。
少し難しい話だったかもしれない。
「悪いことはダメだよ」
「でも友達を助けるためなんでしょ?
じゃあしょうがないじゃないか」
子供たちの間で議論が始まり、意見が2つに割れる。
状況を見ると男の子が友達を助けるためなら派で、女の子が何であれ悪いことはダメ派である。
平行線の議論が続いていたのだが男の子の代表が女の子の代表にとんでもない一言を言い放った。
「でも僕はリノシンが困ってたら悪いことをしてでも助けるよ!」
「な、何変なこと言ってんのよ!」
まんざらでもなさそうなリノシン。
議論は止まり、少し気まずいような、甘いような空気が流れる。
あんなことを言われてはダメだなんて言い返せなくなった。
「そ、その! 大切な友達って女の人ですか?」
返す言葉を失ったリノシンがモジモジとしてリュードに尋ねる。
「ああ、女の子の友達だ」
「……じゃ、じゃあ今回だけ、今回だけは今日のこと、見なかったことにしたげる!
別にアコウィに言われたからとかそんなじゃないから!
み、みんなも分かった?」
みんながうんうんとうなずく。
約束は取り付けた。
あとは怖がらなきゃいいけど。
「な、何してるんですか!?」
フードを外してリュードは上の服を脱ぐ。
女の子たちがキャーキャーする。
別に変なことをしようというのではない。
「わあ……角カッケー」
男の子たちはリュードの角を見て目を輝かせている。
「少し離れてて」
そのまま真人族の姿で暴れて犯罪者になると厄介なことになる。
黒い角のある男なんて特徴的過ぎてすぐに身バレしてしまう。
激しい戦いになる可能性も大きいし最初から全力で行く。
「か……カッケェー!」
リュードは子供たちの前で竜人化した。
怖がられるかもしれないと思っていたのだけれど反応は予想外のものだった。
怖がって引いているような子は何人かいるけれど男の子はリュードの姿にむしろ好意的な反応を見せている。
女の子は冷静だが怖がっている様子はない。
「それじゃあみんな、秘密にする約束、頼むぞ?」
服を腰につけたマジックボックスのかかった袋に突っ込んで窓から離れる。
子供たちにウインクして見せると男の子たちは任せて!と興奮している。
とりあえずエミナのようにパニックになる子がいなくてよかった。
「よし」
軽く体を伸ばして心の準備をする。
「行くぞ!」
リュードは走り出す。
窓枠に足をかけるとそのまま大きく窓から跳躍して外に飛び出した。
上を見上げている人なんていないのでリュードに気づいている人はいない。
思いの外跳べた。
腕をクロスして身を守り、衝撃に備える。
子供たちが自慢していた女神のステンドグラスを突き破り、リュードは教会の中に入ることができた。
「ではこの結婚に異議のある者は」
ガラスが割れる音の向こうで声が聞こえた。
異議のある者?
当然この結婚には異議がある。
誘拐して政治の道具として女の子を利用するだなんて許せるわけがない。
「異議のある者か……
ここに異議のある者がいるぞ!」
教会入ってすぐの大聖堂。
結婚式が行われているど真ん中にリュードは着地することに成功してみせた。
その場にいた全員の視線が飛び込んできたリュードに集まる。
まだ誓いは終わっていない。
なんとか間に合ったようだ。
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